▽初等部・男女主X
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「じゃ、そろそろ切るよ」
琥珀の言葉に、「これから任務ね」とすぐに察する瑠璃。
「最後にひとつだけ」
そう言った瑠璃に、なんだろう、と琥珀は先をきく。
「そろそろアリス祭ね」
それがどうかした?
と琥珀。
「知らないの?
音校生が修学旅行で学園を訪れるのよ」
その言葉で、琥珀はぴんとくる。
「“アルマ”か...」
琥珀のため息のような言葉に、瑠璃は無言の肯定を示す。
「とにかく、よろしくね」
意味ありげに、念を押すように瑠璃は言った。
もともと、四之宮家の騒動に関しては、八神家では瑠璃の管轄だった。
それが今は騒動もある程度落ち着き、音校にかくまわれていることもあって、瑠璃の結婚と同時に琥珀に引き継がれている件でもあった。
瑠璃としては、八神家としての最後の大きな仕事ではあったが、
結婚することはその仕事を離れることも意味していた。
未だに四之宮遠麻が保護対象であるのには変わらないのだから、最後の仕事をやり遂げられないことが
唯一の心残りでもあった。
そのことを、琥珀は十分察していた。
責任感が強く、真面目な姉の性格だ。
鳴海と結婚する前も、ずっと鳴海とそのやり取りをしていて___まあそんな時間が2人の仲を深めた、ともいうが
とにかく、遠麻の境遇を八神家では誰よりも同情し、支えていたのが瑠璃だったのだ。
「わかってるよ。
姉さんの心配には及ばない。
姉さんも、信頼して僕にこの仕事を引き継いだんだろ。
それに背くことは誓ってない」
そうね、と安心した様子の瑠璃。
「姉さんこそ、今は大事な時期なんだ。
...お腹の子のためにも、静かにしてなよ。
八神家を出たからと言って、僕ら一族に恨みを抱く奴が減るわけじゃない。
そのアリスの希少性に目をつけてるやつもたくさんいるんだ」
はいはい、と穏やかに笑う瑠璃。
「琥珀までそんなこと言うのね」
と、こっちの心配とは裏腹に、反応を楽しんでいるようだった。
そう、瑠璃のお腹には新しい命が宿っている。
ナルとの子だ。
最近わかって、生まれるのは来年の春ころらしい。
さらに...
「翡翠のほうは、そろそろらしいじゃない。
早く赤ちゃんの顔がみたいわ」
瑠璃の言う通り、翡翠とその妻との間にも赤ちゃんができ、こちらは年内には出産を控えているのだ。
こういうめでたいことラッシュだったのもあり、今回の五色家との婚約話が八神家の偉い方の中で加熱を極めたのだった。
「きっと翡翠も忙しいだろうから、あんたもたまには顔出して支えてあげてね。
とくに、ほの実さんのほう...」
少し瑠璃の声色が沈んだのがわかった。
瑠璃が心配になるのはわかる。
八神家の次の跡継ぎ候補でもある出産___特に当主の子ともなれば、八神家では大ごとなのだ。
妻であるほの実にかかるプレッシャーは人並みではない。
自分たちの母も八神家に嫁いできた身である故、傍で見ていただけでも苦労してきたのはわかる。
それでもきっと、自分たちが見てきたのは断片的なもので、
母は自分たちの想像よりはるかに苦労をしていて、それを子どもたちに悟らせない努力をしていたのだと察する。
八神家に嫁ぐことは並大抵の覚悟じゃない。
本家からの厳しい目、跡取りになるかもしれない子どもの教育、命を狙われいつ帰ってくるかもわからない夫を見送るつらさ、
それらが積み重なるが故、八神家に嫁ぐ女は皆、短命であるとささやかれていた。
確かに母も、琥珀が物心ついたころには病弱なイメージだった。
瑠璃いわく、昔はもっと元気だったというがそれが想像つかないくらいに...
「わかってるよ。
新しい家族だ。
無事に生まれてくるように、努力は惜しまないよ」
琥珀の言葉に安心して、瑠璃は通話を切るのだった。
琥珀もまた、瑠璃の声をきいて安心していた。
日に日に...というかそんなに頻繁には会ったり声をきいたりはしなくなったが、
その度に瑠璃の声色はやわらかく、丸くなっている気がした。
あの殺伐とした八神家の日々から離れられ、瑠璃は新しい人生を手にしたのだ。
それを、家族として、弟として、喜ばないわけはなかった。
八神家としては、女性にも関わらず3番隊隊長までのぼりつめた奇才を失うことは痛手だったが、
琥珀としては純粋に、姉の女性としての幸せを願わないなんてことはなかった。
翡翠もまた、同じ気持ちだろう。
姉とその家族の平穏を、なんとしてでも守ろう。
一般の人たちを守るのが自分の使命だと、改めて心に刻んだのが、
ナルと瑠璃の結婚、そして子どもを授かった話を聞いたときだった。
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