▽初等部・男女主V
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梅雨明け間近、もうすぐ夏がやってくる。
じめじめしていた空気や、ややこしい出来事ばかりでどんよりとしていたアリス学園に、気分を変える明るいイベント。
そう、夏と言えば“プール開き”。
今日は初等部と中等部の合同授業だった。
蜜柑をはじめとした生徒たちは、じめじめ気分を心機一転させようと大いに盛り上がる。
しかし、そんな中でも一際浮かない顔の人物がひとり...
「あれー?琥珀くん、久しぶりにリンちゃんに会うのに元気ないねー」
呑気な心読みの言葉。
リンも気になってその顔の様子を伺うと、いつもと確かに違う気がした。
しかし、初等部の生徒たちはそんな様子におかまいなく、今や中等部に飛び級した琥珀と久しぶりに会えて嬉しそうだった。
「そういえば琥珀、プールの授業初めてじゃない?」
流架の一言に、そういえば、とみんな頷く。
「ねぇ、琥珀くん!
早く一緒に入ろうよーっ」
そう言って手を引かれ、引きずられるようにプールサイドに向かう琥珀。
なんだろう...もしかして琥珀....嫌がってる...?
リンはその姿が意外で、見つめていた。
何かにつけて、琥珀は入ろうとしないのだ。
そんなところに、ひとり、高等部の実習生がやってくる。
「琥珀、昔っから水苦手だもんね。
まだ克服してないんだ?」
え、えええええええええええええ?!
その場にいた全員が、驚いた。
あの完璧ともいわれる八神家に苦手なものがあるなんて....
それがよりにもよって、水...?!
ということはすなわち、琥珀は....
「兄さん?!」
琥珀は驚く。
目の前には、いつもと変わらぬにこにこ顔の翡翠。
自分が言ったことが、周りをこれほどまでに驚かせるということを自覚していない。
その天然さにイライラしたのは今日が初めてではない。
「もしかして、まだ泳げないの?」
極めつけの一言を放ったのはルリカ。
琥珀にだけわかる、意地悪い笑みを浮かべていた。
「琥珀、泳げないん?!」
思わず復唱した蜜柑の口を慌てて塞ぐ周囲。
琥珀はやり場のない羞恥を、怒りに変え、その手は震えていた。
そんな空気に臆さず、というか気づいていないのか、翡翠は相変わらずの口調。
「まぁ、誰だって苦手なことはあるもんね。
仕方ない仕方ない。
今回の授業で泳げるようになるかもしれないし」
にこにこ顔の翡翠が、これほどまで強心臓だとは皆思っていなかった。
あの、すべてにおいてパーフェクトな琥珀の、プライドが傷つけられたのは言うまでもない。
「だいたいなんで兄さんがいるんだよ!
入院は?体調は?
どうせプール入らないんだろ?」
そう言って琥珀は翡翠を睨みつける。
「外出の許可が出たんだ。
久しぶりに琥珀に会いたくて」
屈託のない表情に、琥珀は黙らざるをえない。
「琥珀、一度も病室に来てくれなかったから」
「そんなの...今に始まったことじゃないだろ。
兄さんと違って俺は忙しいんだ」
うん、わかってる。翡翠は頷く。
「だから僕から来たんだ。
ルリカが今日の授業のこと、教えてくれたからね」
その言葉に、キッとルリカを睨みつける琥珀。
すべての元凶はあいつか、と琥珀は思うもルリカは知らん顔。
「まあ琥珀、俺たちが教えてやるからとりあえず入ろうぜ」
ほら見ろ。
翼も何か企んだ顔をしてる....
琥珀はもう泳げないことがバレてしまったことを腹をくくるしかないのだった。
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