▽初等部・男女主X


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泥のような分厚い雲が敷かれた夜。

満月だというのに、今夜は見れなかった。




真夜中。

満月なこともあってか、皐月は妙に目がさえ、ベッドを抜け出し

リビングへ飲み物を飲みにきていた。

その時、ガタッと玄関で音がし、さすがにびくりとした。

しかしすぐにその気配...というか先に匂いでわかった。

人間にしか化けれなくても、八神家の血筋のせいか鼻はきく。

そうでなくとも、この匂いはひどかった。




「おい、んな恰好でくんなよ」




皐月の呆れた声が静かなリビングに響く。



フゥー、フゥー...


ドッ...ドッ...



獣の息と、重い足音。



ギラギラと光る青い目が、「なんだ起きてたのか」と皐月をみた。



半分人間、半分狼の恰好で銀色の毛をまき散らしながら、琥珀はリビングへ入ってきた。

何も知らない人が見れば、化け物だと狂い叫ぶだろうその姿。



まだ血も乾いておらず、火薬の匂いや戦地の匂いが新しかった。

皐月もこんなに生々しいものは久々に嗅ぐ。

最近は実に平和な生活を送っていたため、気が引き締められた。




「床汚したら梓にキレられっぞ」



言いながらも、ドンっと、琥珀の前に水の入ったコップを置いた。

ソファにもたれる琥珀は、相当喉が渇いていたらしく、一気にそれを飲み干した。

落ち着きを少し取り戻し、やっと人間らしい姿を取り戻していく。

満月だからというのもあり、皐月は同情した。




八神の血筋といっても、群れることなく銀蔵の裏の仕事をやっていた皐月には、

琥珀のいる場所は、また別ものだった。

ひどい姿の獣を前に、彼の背負っている大きな闇を感じた。




ーこうはなりたくないな...



そう、憐れんだ。

それにしても...

あの、幼いころ傷だらけで泣いてばかりいたガキが...

こんなところでとは皮肉だが、成長を感じていた。




「ひでぇツラだな」




皐月も水をのみながら、近くの椅子へ腰をおろした。

2週間以上、琥珀の姿が見えないと思えば...

予想よりはるかに重い任務だったらしい。

普通の高校生はそんなことが日本のどこかで起きているとも知らずに、

朝から呑気にそろいの制服をきて、友だちと並び歩き、学校へ通う。

代わり映えのない毎日にだるいなと欠伸をし、適当に教師の言葉を聞き流し、

放課後はそのあまりあまったエネルギーを、遊びや部活で爆発させるのだ。

そんなくだらない平和も、こいつのおかげ。

こいつがすべて、背負っているおかげ...




八神家なんかに生まれてしまったっばっかりに...

可哀想な奴だと、皐月は思った。



「なんでここへ来る」



こんなに消耗し、治癒力が高いとはいえケガもしてる。

八神のしかるべき処置をうけたほうが絶対にいい。



「リンのそばが、落ち着くんだ...」

気絶するように眠る前、琥珀はそうつぶやいた。




皐月は、ふっと笑う。

こんな...この家に、わずかに染み付いた女の匂いをたどるなんて...



「じじいといい、お前といい、八神はほんと、女にはよえーんだな」



それは自明でもあった。

そして、今日が満月だからなのかもしれない。



皐月はそっと、琥珀に毛布をかけてやった。







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