▽初等部・男女主X


□121
1ページ/5ページ



「わぁーっ棗、あれみて!

海やで!!

きらきらしててきれいやなぁーっ」

子どものようにはしゃぐ蜜柑。

ここが電車の中だというのを忘れて、蜜柑は移り行く景色ひとつひとつに、いちいち感動していた。

「さわぐなよ、みんなみてっぞ」

棗は、呆れながらも、いつもよりは穏やかに思えた。

いつもならここで炎や鉄拳、そうでなくともきつい言葉が飛ぶのに...

一般人のいる前でさすがにそれはないかと蜜柑は思いなおすも、

窓わくに肘をつき、外を眺めるその瞳はたしかに、いつもよりやさしく感じた。




「せやかて、うち電車にのったの初めてなんやもん」

高校3年生にもなって、電車に乗ったことがないなんて、普通の人からしたら考えられないことだろう。

しかし、幼いころから外界と隔絶されて育ったアリスの多くはそういう者が多かった。

「棗は何回かあるんやったっけ」

蜜柑の問いに、「まあな」と答える棗。

学園に来る前に、乗ったことがあるらしかった。

しかしそれも10年前の話。

実に久しぶりだった。

棗は、普段はみせないような笑みを蜜柑に向けていた。

その初めて見るような表情に、蜜柑の胸はトクンと波打つ。



...あかん...今日の棗、なんだかいつもより...やさしくて...

ドキドキしてしまう...




今日は、記念すべき初めての学園外での、2人きりのデート。

棗の機嫌がいいのもそのためだった。

学園から離れ、アリスだということも忘れ、普通の恋人のように穏やかな時間が過ぎていた。

蜜柑はこんな日を、密かに心待ちにしていた。

棗と2人で電車でデート。

蜜柑の夢がまたひとつ叶っていた。





途中、乗り換えの駅で2人でアイスを買って食べ、また電車にゆられる。

蜜柑が2種類の味で迷っていると、棗はどちらも買ってくれて、そのほとんどを蜜柑にあげた。

言葉は少ないが、そういう棗の行動が嬉しかった。

徐々に電車は都市部から離れ、景色も緑が増えてゆく。

乗り降りする乗客もまばらになってきた。

落ち着いた街並み。

都会の喧騒とは程遠く、蜜柑は京都の祖父と暮らした町を思い出していた。



「ここだな」

長い間電車に揺られていたが、棗といればあっという間に感じた。

棗はあたりまえのように蜜柑の手をつなぎ、歩く。

蜜柑はドキドキしながらも、その大きな背中についていくのだった。

改札を出て、駅を出ると、空が広がって見えた。

都会と違って、高い建物が少ないからそう思うのかもしれない。

人の行き来もまばらで、タクシー乗り場で停まっている車の中、運転手は居眠りしていた。

時間がゆったり流れているようで、どこか心地よかった。




「棗..っあれ...!

あの人らちゃう?」

先にその人影を見つけたのは蜜柑だった。

奥にみえる駐車場。

黒いワンボックスカーの外に、2人の男女がみえた。

男の方は、だるそうに煙草を吸っているが、女の方がこちらに気づいたらしく、

男に合図をすると、男は慌てるように吸いかけの煙草をその場に捨て、足で踏みつける。

そしてこちらに手をあげ合図した。

蜜柑と棗はうん、と顔を見合わせ、まっすぐとそこへ向かった。




「ひさしぶりね、蜜柑と...棗」

女がいうと、男は「6年ぶりか、時が経つのははえーな」と言った。

蜜柑は少し緊張していた。

まともにこの人と話すのは初めてかもしれない。




「お、お久しぶりです...梓さん。

それと...皐月さん」



蜜柑の言葉に、梓は穏やかに微笑んだ。

「会えてうれしいわ」

その紅い瞳の視力はもうほとんどないのに、見つめられている気がして、どきっとした。

その瞳がとても、棗に似ていた。

当たり前かもしれない。

彼女は、蜜柑の母__柚香の友だちでもあるが、棗の母の妹、つまりは叔母にあたるのだから。

棗はじっと探るようにその紅い瞳を見つめていた。




「さ、立ち話もなんでしょ、行きましょう」




梓の言葉を受け、棗と蜜柑はその車に乗るのだった。




.
次へ
前の章へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ