▽初等部・男女主X
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「きいたわ、五色家との婚約の件」
受話器の奥から、からかうような声が漏れる。
本人としては隠そうと努力はしてるらしいが、面白がっているのがダダ洩れだった。
「その件はもう終わったんだ、よせよ」
鬱陶しそうに言いながら、ぼふっと、ソファに身を投げる。
久しぶりに気が滅入ったよ
とたまらずもらすと、「あら珍しい」と返ってくる。
相変わらず他人事だ。
いや、今となっては“他人事”でも間違いではない。
今はもう、電話の相手、___琥珀の実の姉、鳴海 瑠璃は八神家を出た身だ。
そう思いなおして、小さくため息をついた。
「最近任務続きだったらしいじゃない。
久しぶりに長く学園にいられて息抜きになったんじゃない?」
まさか。
「冗談よしてよ」
こっちの気も知らずに、と返す琥珀。
「一葉ちゃんだっけ?
私はいい子だと思うんだけどな」
瑠璃の声は穏やかだった。
「っまさか姉さんもそっち側だったのか?!」
思わず声が荒ぶる。
「なわけないでしょ。
私はもう蚊帳の外よ。
そうでなくともあの老人たちの茶番には付き合ってられないわ」
その言い草に、ふん、と琥珀は鼻で笑う。
「家を出た途端、言いたい放題かよ」
「まあね。
それくらい許されるでしょ」
うん、そうだね...
と大人しく肯定を示す。
「で?
今回は何の用?
電話なんかよこしてさ」
壁の時計を確認して、早く本題に入るよう急かす。
あと10分後には、出なければならない。
「なによ。
用がなきゃ電話しちゃわるいわけ?
家は出ても私はあんたの」
「“姉”でしょ」
はいはい、と先の言葉をいう琥珀。
「むしろ。
姉さんなら、今の僕がどれくらい忙しいかなんてわかってるでしょ。
世間話なら“旦那さん”にきいてもらえよ。
せっかく結婚したんだから」
少し嫌味っぽくいうと、「なによその言い方」と不満げな声が返ってくる。
その声色をきいて、
“校長っつっても所詮お飾りだろ。なんかトラブルが会った時責任をとる役職なんだ。どーせ暇だろ”
という言葉を急いで吞み込んだ。
「彼からいろいろきいてるわ」
瑠璃の夫であり、琥珀の先生でもあるナルのことを言っているのだとわかった。
「トーマ様も、とりあえずはうまくいってるみたいね」
「まあな。
っていっても、僕は何もしてないけどね。
中等部のときは棗たちにまかせっきりだったし、
音校でも、頼りがいのある騎士(ナイト)を見つけたみたいだよ」
クスクスと、瑠璃の笑い声がきこえた。
「それもきいた。
アリスがないのに、不思議なパワーを持った子だって。
逆境にもまけず、それを利用して前に進んでいく力があるって。
それでたまに、人の心を揺さぶることを言うって。
“蜜柑ちゃんと出会った時のことを思い出した”って言ってたわ」
琥珀はあの、まっすぐと見つめる、翼にそっくりな瞳を思い出していた。
確かに琥珀にも、感じるものがあったのは事実で、鳴海もそれと同じようなものを感じていたことを知る。
「そういえば、蜜柑、姉さんとナルが結婚したって言ったらすごく驚いてたよ」
それもきいた、と笑って瑠璃は言う。
「お祝いももらっちゃって、あとでお礼言わなきゃね。
蜜柑とも、ゆっくり話したい。
ルリカじゃなくて、瑠璃としてね」
わずかな時間、初等部生として蜜柑と過ごした日を、瑠璃は懐かしんでいるようだった。
「蜜柑も同じようなこと言ってたよ。
あの日___蜜柑のもとにみんなで迎えに行った時...
蜜柑の夢だった、“みんなで一緒に海をみる”ってやつ、叶えられたのは姉さんのおかげでもある」
あれくらい、どうってことない。
瑠璃はさらりと言うのだった。
アリスは国境である海に近づくのは制限されている。
そんな中、元初等部B組を含めた、蜜柑のそうそうたる仲間たち全員を連れ、
海を眺められたのは他でもない、
志貴と瑠璃の尽力があったからだ。
八神家では長い間沿岸警備を担っていた瑠璃のサポートがあったからこそ、
海でのあのような再会が可能になったのだ。
「あの時のみんなの顔みて思ったんだ。
ああいうのが、当たり前になったらいいなって。
みんな、もう二度とこんな体験はできないって、必死に目に焼きつけてたけど...
そうじゃなくて、また来ようって約束できるような...
そんな世界にしなくちゃいけないんだなって...」
そう言った瑠璃の言葉には、確かに決意のようなものを含んでいるとわかった。
琥珀は静かに頷いた。
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