▽初等部・男女主W
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「花姫殿の居心地はどう?
姫さまにはもう、慣れた?」
そう笑う翡翠。
「姫様や...花姫たちが使う香の匂いがきつくて、苦手だ」
「八雲らしいね」
また翡翠は笑った。
確か花姫殿は、虫の一匹も通さぬという噂だったっけ。
姫宮が、お気に入りの美しい花だけを愛でるためにつくられた、秘密の花園...
そんな箱庭で、普段は絶対通さぬような危力系を預かってくれることになったのも、志貴のおかげだった。
もう彼らは、あの男との私利私欲だけのために、その手を汚すような任務を強要されたりしない。
翡翠もまた、そのことには安堵していた。
しかし八雲のほうは、この胸のざわつきが、おさまらなかった。
むしろそれは前にも増していて...
「最近、身体は以前と変わらぬはずなのに...
表に立つのが増えている」
数か月前の騒動で、翡翠がこれまでにない動きを見せた。
これまで矢面に立たなかった翡翠が、身体に鞭うってまで表に出ざるをえない理由...
事態はそこまで深刻なのか...
「僕も、八神家だからね。
その時が来たんだ...
こういうのは、順番なんだ。
巡り巡って、きた順番。
僕はその使命をまっとうするつもりだよ。
この命に代えてでも___」
涼しい顔で、よくもそんなことをさらっといえるなと、思った。
しかし穏やかな顔、その目だけはとてもするどく、八神家のものだった。
「私も、何かできることがあったら言ってほしい」
八雲の言葉に、少し翡翠は驚いているようだった。
その発言というよりも、いつにも増してその瞳が強かったから。
「もとは八雲も、八神家の血を分けた分家。
この身は、その八神に仕えるためのもの」
八雲がそんなことをいうなんて、思いもしなかった。
「過去の歴史を顧みればこんな申し出まっぴらだが...
私は、今のお前をみて、そう決めた」
翡翠、君は私の光だった。
何の因果かしれないが、過去に私たちを陥れた一族の末裔が、時を経て、私を救うことになるなんて...
「この力を、誰かのために使いたいと思ったのは初めてだ。
そう思わせたのは、誰でもない、八神翡翠だ。
お前のために、使いたいと思った。
翡翠のその信念の先に、八神家の誇りがあるというのなら、私はそれに従う」
ずっとずっと、どこか後ろめたく思い生き、この気味悪がられる力を忌て使ってきた。
しかし翡翠は、そんな醜い自分をまるごと、大きな愛情でくるんでくれた。
そういう奴だ、八神翡翠という男は...
そして今、この力を誰のものでもなく、自分の力として、自分の意思で使えるのなら、
もう迷いはなかった。
「ありがとう、はじめ....
改めて、君に頼みたいことがある。
君にしか、頼めないことだ。
僕の運命を、君が見ていてくれ___」
八雲の手を、翡翠はそっと握った。
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