▽初等部・男女主W


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「ヒドい顔だね」



そう言って私をみる瞳は暗く、沈んでいた。



「アンタに、言われたくない」



そう言った私の声も、思ったよりもずっと沈んでいて、自分で驚いた。

ひどく、疲れていた...





紅蛇の始末命令に背いた代償は、高くついた。

体中ひどく傷んだ。

1か月ほど、懲罰房に入れられていた。

拷問の訓練以外に、初めてだった。

私らしくなかった。

今までこういうことを避けるために、心を殺して、従順に従ってきたというのに...

先輩と再会して、あの時の記憶が鮮明によみがえって...





ーお嬢様のくせに、よくやったじゃん。





先輩は、そう言ってくれるだろうか...






目の前に立つ鳴海。

柚香の墓参りのあとだった。

あの事件の後、まだ傷が癒えぬのか、頭には包帯が巻かれ、腕も袖を通していなかった。

死んだ魚のような目だと、率直にそう思った。

無理もない。

一番近くで、最愛の人を亡くしたのだから...

あの時の柚香の行動は、鳴海をかばったようにもみえた...

その分、鳴海の心にも堪えるものは大きいと想像はつく。

志貴と翡翠による契約で、学園の情勢は一旦は落ち着いたものの、蜜柑の隔離生活は長く続くのだろう。

膠着状態、嵐の前の静けさ、そういう言葉が一番似合う。







「きいたよ。

姫さまの申し出を断ったって」

鳴海は言う。

瑠璃は頷いた。

「姫さまなりに、私のことを気遣ってくださったことは理解している。

とても、ありがたいお言葉だった。

でももう、私はラクなほうには逃げないと決めたから」

姫宮は、体調を崩したことを理由に、身の回りの世話を護衛含め、瑠璃に頼みたいと申し出ていた。

瑠璃は姫宮の数いるお気に入りの中でも特別で、とてもかわいがられていた。

初校長としても、治外法権を約束してる故、八神家が学園内に入ることに口出しはできない。

さらに正式な姫宮の願い出に、銀蔵とて、無下にはできないはずだった。

しかし今回、瑠璃のほうからそれを断っていた。





「中の方は、ナルたちに任せる」

何か、覚悟したような顔つきだった。

「私は、やるべきことがあるから」





「アズ先輩には会えたの?

リンちゃんが知りたがってるらしい」

そうでしょうね、とうつむく瑠璃。

「まだ先輩に会う許可は私には下りてない。

しばらくの間、命令違反のペナルティがきいて、私の八神家内での権限は剥奪されてるから...」

銀蔵の命令が絶対の、厳しい八神家の掟を、改めて知る。

今見るだけでもボロボロで、どんな罰を受けたか想像もしたくないものなのに、

さらにペナルティがあるなんて...

それほどまでに厳しい組織だとは...

瑠璃の生きる世界に、心底同情してしまう。




「ナル、あんたも...

あまり思い詰めないで...」

急に、あの瑠璃が感情を表に出すから、驚いた。

泣きそうな表情。

瑠璃の感情をみるのは、アズ先輩がいたあの頃と...

ペルソナのアリスを受け死にそうになったあれ以来...

八神家の重圧の中、その感情を押し殺そうとしていても、人間、そう簡単にはできないらしい...





「ありがとう...

瑠璃が人間らしいカオすると、なんだか調子狂うね...」

ふっと鳴海が笑った気がした。

「ひどい顔...」





深い雪の中、足跡だけ残して、鳴海は去っていった。




ナル...

あんたはここで...

柚香さんに何を話した...?

何を、誓った...?



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