▽初等部・男女主W


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翡翠と話した後、琥珀は八神邸にきていた。

自分から帰るなんてほとんどない、嫌いな場所、苦手な場所。

どの部屋にいても、祖父銀蔵の気配が染み付いているようで、気が休まらなかった。

それは、自分の力が増すたびに強くなる。

絶対的な強者への感覚が、過敏になるのだ。

そんな吐き気がするような場所にきたのは、他でもない。

どうしても、気になることがあったからだ。







しかしそれを調べて間もなく、無意味だということを知った。

なかばわかり切っていることでもあった。

“八神皐月”に関する痕跡の類は、この屋敷にひとつも残されていなかった。

写真はおろか、匂いさえも残っていない。

長らく、あの本当の姿でこの屋敷に訪れていないということだ。

あれほどまでに完璧な変装、変態をされては、残っているはずもない。

きっと、銀蔵のもと、謁見のため屋敷に入る時からその身は偽っていて、

家族のだれも、銀蔵以外にそれをかぎ分けることはできなかったのだろう。





八神皐月は何者なのだろうか...

八神家内での、謎を極める立場...





昔の記憶をたどることしか、彼の情報を得ることはできなかった。

そう、確か、この部屋だった...

庭に面する広い部屋。

ここで、5歳か6歳の時、よく皐月が遊んでくれた。

遊んだというか、面白がって、ちょっかいをかけられていたというのが正しいかもしれない。





「あっサツキ!

返せ!」

よく、おもちゃをとられ、からかわれていた。

「返してほしけりゃ自分でとってみろ、

のろまーっ」

年甲斐もなく、本気でおちょくる皐月。

いつもそり残しのひげに、ぼさぼさの黒髪を適当にまとめ、猫背。

それが印象的だった。

「おじいさまに言いつけてやるっ」

「言えるもんならいってみろーこの弱虫たこ坊主!」

「僕はたこじゃない!

狼だ!」

そう言って変態するもまだまだ未発達で、耳と尻尾と八重歯がとがったくらいの牙しか生えてこない。

それをみて皐月はお腹を抱えて笑うのだった。

「ははははっ

それのどこが狼だってんだよ!

わらわせんな豆しば!」

そんな皐月にむっとし、いつもムカついていたが、あの頃は、唯一の遊び相手だった。

自由人だからいない時もあったけど、たまにお土産をかってきてくれたり、子どもの遊びにつきあってくれたりした。

そう、あの頃は確か、両親よりも皐月との思い出をよく覚えている。

父は銀蔵の息子として、八神家の一番隊隊長で忙しく、ほとんど家にいなかった。

母親も病弱で、治ったかと思えば、もっと病弱な兄の翡翠につきっきり。

瑠璃も任務に出ていて、広い屋敷、それなりに寂しい思いはしていた。

そんな中、皐月のおかげで気が紛れていたのは事実だった。

皐月がそこまで考えてくれていたと思うのは、考えすぎだろうか...





皐月が八神家で厄介がられていたのは、子どもながらにもわかっていた。

でも皐月はそんな目や声を気にも留めず、のらりくらりと自分を変えずに過ごしていた。

そんな皐月のことが好きだった。

口を開けば八神家らしく、とか、訓練だの五月蠅い八神家の連中より、

皐月といるほうが楽しかった。

皐月は八神家の話をひとつもしなかった。




「お前もいずれあっちがわになるんだろうな」




ふと、そう言った皐月の顔を思い出す。

それが寂しそうにみえた。




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