▽初等部・男女主W
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迷宮棟に隔離されていた数か月、リンは初校長側から尋問を受け続けた。
しかしリンは、何一つ、質問に答えることはなかった。
口を閉ざし、一点を見つめ、その表情からも、ひとつも情報を与えなかった。
それが初校長をイライラさせ、結果的に解放まで時間がかかってしまったが、最終的に折れたのは初校長の方だった。
「つくづくお前の顔には虫唾が走るな。
このまま何も言わないつもりか...
お前に価値を見出してやったのは私だというのに、見返りは何もなしか。
八神家の手にお前が渡っていれば、今こうして日の目を浴びることも、生きていることすら危うかったというのに...」
初校長は歯ぎしりして、そう言った。
しかしリンの瞳は黒く、何も映さなかった。
契約上、蜜柑同様に非人道的な危害を与えることは許されていないため、初校長になすすべはなくなっていた。
薬を使い自白させることも、アリスを使い心理操作することも、拷問して吐かせることもできない。
唯一の切り札である五十嵐 梓も、八神家の管理下におかれてしまっては、これ以上リンに関して情報を引き出すこともできなかった。
そしてあの時、自分の目でも確かに見た。
リンのアリスがなくなるところを...
それどころか、あの日梓の言った通り、組織に関する紅蛇の情報はすべて書き換えられ、
データベース上に、紅蛇のアリスや犯罪に関する資料はなくなっていた。
五十嵐 梓をみくびっていたのは、みとめざるをえない...
許さない...お前は未だに私の邪魔ばかりする...
あの頃から、変わらず...
目障りで...
あの時、息の根をとめていたら...
それが悔やまれて仕方なかった。
あの時の亡霊が、まさか今の自分をここまで苦しめ、追い詰めるなんて...
最後に残ったのは、行平和泉と安積柚香の娘だけ。
なんとしても、なんとしてもこの娘だけは....っ
「その歳にして、これほどまで...あのような尋問に耐えるとは...」
志貴は、目の前の少女をみて、感心し言葉に表す。
初校長からの並々ならぬ圧。
初校長ではない日も、何かに理由づけて長時間にわたり尋問を受けていたが、リンはすべてに関し、黙秘し続けた。
「いえ...
この程度のことは、心配におよびません」
静かに答えるリン。
拷問に比べたら、なんともないことだった。
「先日、高校長に会ったと思うが...
その時、アリスについて話したときく」
リンは頷く。
「はい。
私の中に、具現化のアリスと結界のアリスはもうありません」
ー君が一番、わかっているだろう...
高校長はそう切り出し、自身のアリスを視る目でみた最終確認の結果を話した。
それから、梓から受け取った情報についても話してくれた。
姉、馨との、2人の力が結集した、並大抵の能力ではなしえないものだと、高校長は言った。
本当に優秀な生徒だったと、高校長は梓と馨に敬意すら表した。
梓を、肯定してくれた。
それだけで、梓は報われるだろうと思った。
あの日、学園を出る形にはなってしまったけれど、時を経て、彼女の行いはこんなにも認められている。
汚名も、返上された。
リンにとっても、喜ばしいことだった。
「梓は今...どうしていますか」
一番、リンが気にかけていることだった。
「容態は安定している。
そうきかされている」
高校長はまっすぐに答えた。
「八神翡翠くんの責任のもと、八神皐月が常についている」
八神皐月の名に、リンはぎゅっと唇を噛む。
信用できるわけがなかった。
彼は、なんというか、対面した時に嫌な感じしかしなかった。
自分を殺そうとしたことや、身分を偽り組織を売ったことももちろんあるのだけど、それだけじゃない。
うまく説明できないが、全身の細胞がざわつくように、こいつは危険だと示していて...
とにかく、胸騒ぎがしてならないのだ。
「君の気持ちはわかる。
私も八神皐月のことはあまり知らないが、
翡翠くんに関しては信頼を置いている。
彼はああ見えて、たくさんのことを同時に考えることができる、八神家では稀にみる策士、知謀家だ。
現に、今まで初校長や周囲、八神家にすらその動向をけどられることなく、
初校長の反対勢力として尽力してくれていた。
彼のことを、信じてほしい」
これほどまでに高校長にいわしめる八神翡翠とは、何者なのだろうか...
八神家で長年、その才覚を隠し続けた彼は、何を目指しているのか。
梓の件に関して今の自分にできることは、その高校長の言葉に頷き、信じ、任せるしかなかった____
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