▽初等部・男女主W


□89
7ページ/7ページ



波はまるでひとつの生き物のように動き、なめらかにかつ、正確に敵をとらえていく。

皆、自分の身に何が起きているのかわからないようだった。






その波の中心に、女の人がいた。

いや、それは人といっていいものか...

人の姿によく似てはいるものの...

熱を持たぬような質感に、髪から顔の細部まで、飴細工のように透明だった。

その身体は流動的で、時折、銀色に光る。

光の当たり方によって、見え方は様々だった。

その美しき女性が右手を振れば、波はすぐに反応し、その者の意思に連なって動く。

左手も同じよう...

まるで、海全体がひとつの生き物のようだった。

そして、彼女は女神のごとく、万物を操った。

まとを細く絞れば針のようにするどい、水の攻撃。

それは銃にも劣らず、壁をつらぬく。

一気に冷却し、刃物のように刺さることも...

はたまた、金魚鉢のような球体に敵を閉じ込め、息を出来ぬようにもした。

これ全部、とても、ひとりの女の所業には思えなかった。

その昔、この力を初めて見た者は、海の怒りとして恐れた。

違う者は、救いの手を差し伸べる女神のようだと、涙を流した。




“人魚姫”




彼らはそう呼び、恐れ、忌み嫌い、時に称え、崇めた。




瑠璃が度々“人魚姫”と呼ばれ、比喩される所以はこのアリスにある。

海の使いの如く、その自然に流れる水を、瑠璃は自分の一部として操ることができた。

瑠璃の八獣使いのひとつが、それだった。

水の中では最強と呼ばれる理由がこれ。

海が近くにあれば、間違いなく瑠璃は八神家一、最強だった。






「ぶはぁっ

ゲホッゲホッ」





「大変だ!

琥珀様は水が苦手だっ」

血相を変えてかけよる部下たち。

それよりも先に、自分の近くに水流のごとくあらわれたのは、その張本人。

「ゲホッゲホッ

姉さん、わざとだろ!

僕くらい避けられたはずだ」

口の中に入った海水を吐きだしながら、その不思議で美しい姿をにらみつける。

銀色に光るまるで人魚のような体が躍った。

「あら?

目が覚めてよかったんじゃない?」

ざぶんっと琥珀のまわりを、水中を泳ぐかの如くなめらかに動く。

あーもうっ

と、琥珀は否定できずに、髪をかき上げ整える。

実際、今ので目が覚めたのは本当だった。

もう少しで、戻れなくなるところだった。





「ここは私に任せて、行きなさい。

翡翠が待ってる」

姉の言葉にはっとする。

「5番隊は私が預かる」

おじいさまの許可も得てるわ、と瑠璃。





「ありがとう、姉さん!

恩に着る!」




「八神家として当然のことよ」




瑠璃の言葉に頷いて、琥珀は一瞬で上空に飛び上がる。

その場で弧を描くように一周し、その銀色の鳥獣の姿は、あっというまに空の彼方へ消えた。

瑠璃は静かに見送るのだった。




さぁ、ここが誰のフィールドかわからせてあげなくちゃ...

残党狩りも、徹底的にやらなくちゃね...






.


次の章へ
前へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ