▽初等部・男女主W


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コトッ...




ワイングラスを2つ。

テーブルに置く。




「今日ぐらい付き合えよ」




ぶっきらぼうに言って、そのグラスに赤ワインを注いだ。

月が差し込む部屋、ベッドに座る梓と、椅子に座る皐月。

ほら、と渡すグラス。

何秒かためらうも、今日くらいは...と受け取った。

皐月とはずっと、会話らしい会話をしてなかった。

手当てをしてくれるのはありがたいが、それ以上会話をすることは、プライドが許さなかった。

皐月に関しては、昔の潜入時のことなど、気にも留めてないのだろう。

それがまた、悔しかった。




「かんぱーい」

ゆるい声に合わせて、グラスを少し傾けた。

そっと口をつける。

「...美味しい」

久しぶりにのんだ...と梓は思わずもらす。

「だろ?

これ安いけどけっこういけるんだよな」

皐月はなぜか得意げだ。

「意外なのね、八神家なのに」

嫌味のつもりで言ったが、本人には届かない。

「昔っから貧乏性なんだよ。

金持ちの嗜好品はどーも合わない」

「これくらいがお似合いね」

梓の言葉に、そりゃそうだな、と自嘲した。

「そんなんでも、クリスマスは気にするのね」

適当な性格のくせして、意外とロマンチスト...?

とおちょくってみる。

皐月はふっと鼻で笑って、ほっとけよという。

そしてごくごく、とワインをのみほし、また注いだ。

「俺にだって穢れなききれいな思い出くらいあるんだよ」

その言い方がおもしろくて、笑ってしまう。

バカにしやがって..とそっぽを向く皐月。

「バカにしてないわ。

きかせてよ、その、穢れなききれいな思い出ってやつを」

からかったつもりだった。

だけど、今までで初めて、少し真剣な顔をするから、黙って続きを待った。





「俺はずっと貧しかった。

その日の食べ物に困るくらいにはな」

思い出して、鼻で笑う皐月。

「でも、死んだ母親が、クリスマスだけは特別だからって。

ごちそう用意してくれた。

毎年、毎年...クリスマスだけは...

ぶどうジュースに、ケーキは買えないから、食パンに生クリーム塗ったやつ。

肉屋でもらった鶏肉の切れ端。

具は白菜だけのクリームシチュー...」

どこがごちそう?って思うだろ。

そういう皐月の目はやさしかった。

目はみえなくても、それくらいはわかる...

「俺にはそれが、ごちそうだ。

それでよかった。

それ以外、何も望まなかった。

それが、よかった...

なのに、母親は死んじまった...

俺は大きくなったら絶対、母親にラクさせてやろうって誓ったのに....

バカだよ、母親は...

あんなじじいとの間に俺なんか作って、こんな生きてる価値もない俺のために病院に行く金も出し渋って、

バカだよ...ほんとに...

俺が大人になる前に死んじまうんだからサ...

何も、何もできなかった...

俺は...」

笑えよ、寂しそうに皐月は言った。

梓は首を振った。




「ここで笑ってるあんたがバカだ。

こういうときは、泣くんだよ、ふつう...」




だけど、皐月はまた笑った。

「何言ってんだよ...

俺もどうかしてるナ、こんな話他人にして...」

もう寝る...

そう言って、皐月は飲みかけのワインを残し、部屋を出て行った。

出て行くとき、目頭を押さえていたのは、気のせいかもしれない...




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