頂き物

□心と言葉
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「さびぃ…ふぇっきし!」
茂呂茂は白い息の出る自室で寒さにふるえ、火鉢に当たりながらも書類を書いていた。ペンを持つ右手は寒さで自由に動かず中々仕事が進まない。
「茂?まだ起きているのか?深夜三時だぞ」
静かに茂の部屋に入ってきたのは琴吹光で、心配そうな表情を浮かべている。

「俺の仕事が終わらないからな。まあ、皆が幸せなのはいいんだが…」
大老が居なくなり自由になったと感じたのはしばらくの間だけで、運上所頭取である茂の元には今まで大老を恐れて取り引きを躊躇っていた外国との貿易、商品流通などの要望が一気に増えてしまい…結果として連日の徹夜を茂が引き受ける事となった。

「なあ…光。明日でこの仕事が終わるから、終わったら俺の我儘を聞いてくれないか?」
「…分かった。拙者も予定を空けておこう」


「ああ。旅籠の松の間に俺の名前でとってる。それと、来るときはこのメモに書いてる書類と筆記用具を持ってきてくれ。俺は数時間は眠りたいし、その間に光は俺が訳した書類を書き写してほしいんだ」
その言葉に光は沈んだ表情を浮かべ、申し訳無さそうに呟く。

「すまない茂。拙者が大老に対してもっと強気であれば迷惑をかけることもなかったかも知れぬ」
「光は悪くないさ…んな事してたら、光はあの世に顔を出していたかもな?」
茂は光の背中に腕を回し、優しく微笑んだ。しばらく抱き合った二人は互いの心を感じて、安らぎを得た…。

そして…約束の時間である正午に旅籠へやってきた光は部屋の襖を開け、布団で熟睡中の茂の姿を見た。本当に疲れているらしく、起きる気配が全くないので頼まれていた書類に取り掛かる。
「うむぅ…拙者が赤城達をを追い回している間に、茂はこのような難しい取り引きをしていたのか。拙者も見習わねばな。皆の幸せを考える代官ともなれば今までより一層の努力が必要だ」

茂だけでなく光にも思う所があり、多かれ少なかれ状況が変わり始めていた。
「茂には無理をさせていたな…よし、これからは拙者が茂を支えていこう」
光は決意を新たにし、書類に筆を走らせる。
…数時間後。光が書類を書き終えた頃には辺りは真っ暗で、かなり肌寒くなってきたので光は火鉢で暖をとる事に決めた。昨晩寒そうに仕事をしていた茂の姿を思い出すと少しでも室内を温かくしておきたかった。

「ふわぁぁ…ん…?温いな」もぞもぞと布団から茂が出てきて寝惚けた顔のまま火鉢に当たる。
「ふっ…くくっ…ははっ」
光は必死に笑いを堪えたが、堪らず吹き出した。
「な、何だよ?俺の顔に髭でも書いたのか?」

「いやいや…日向ぼっこをする猫のようだと思ってな。ポカポカと温かい縁側で眠る猫はこちらが見ていて顔が緩む程に可愛らしい」
「ふぅん…あ、書類は大丈夫だったか?俺としては分かりやすく書いたんだが」
光から手渡された書類に目を通しながらも茂は空腹を感じた。ぐぅぅ…と、腹の虫が鳴く。
「ほら、茂の好きなお饅頭だ。それと温かい生姜湯もあるぞ。他には団子、握り飯、草餅、チョコレート、羊羹、あんず飴、干し柿、拙者手作りの炊き込みご飯があるぞ」

光が風呂敷をほどくと、まるで楽しい遠足のような気分になってきたので茂は思わず頬を緩めた。
「光は優しいな。んじゃ、何か食うか…そうだな。光が作った炊き込みご飯をまず食べ…よう…。おい、ご飯の上に海苔で恋文を書いたのかよ?」
「うむ。切るのには時間がかかったぞ。しかし…愛しい茂が仕事で疲れているのに、拙者は何も出来ないからな」

茂は溜め息をついたが、静かに箸を手にして炊き込みご飯を食べ始めた。
「嫁がいる茂からすれば拙者が作った炊き込みご飯は美味くはないと思う…」
「なあ、光…。そりゃ確かに今の俺達は忙しいが…若い時に頑張ってきて、今ようやくその成果が実ったんだ。だから俺は今が辛いとか思っちゃいないさ。光が一生懸命に苦労して作った炊き込みご飯は美味いな」

「ううっ…ぐすっ…茂はこんな拙者を許してくれるのか…」
「おいおい、泣くなって…」光の涙を手拭いで拭きながらも茂は、変わらぬ友の姿に安堵し胸を撫で下ろした「拙者は…嬉しい」
光の背中を優しく撫でながら茂は思わず苦笑し、純粋な心に感謝した。

「さて、食べてからは…お楽しみだからな。光も夕飯を食べようぜ?」
「し、茂っ…」
光に接吻をし、潤んだ瞳で茂が見詰める…。
「言わなくても…分かるよな?俺の考えは」
「あ、ああ」
光が頷くと茂は食事を続けた。

「そうそう、光は美味い飯の条件って知ってるか?」箸を動かしながらも何気無く茂はそう問い掛けた。
「味か?いや、量か?」
「自分の家で家族と食べる飯が一番美味いんだそうだ。安心できて、心を許してる人と一緒なら気を使わないし、ホッとするだろう?今の俺は光とこうして食事をしてるけど…それだけで幸せだな。ま、接待で食う飯は確かに高い分、質はいいが、相手をもてなさなきゃならんから楽しむ余裕はないんでな」

「拙者もそれは分かる。実は拙者が好きなのは、町の屋台で釣りたての鮎の塩焼きを食べている時なのだ。新鮮な空気、穏やかな町の中で子供が遊ぶ姿を見ながら塩焼きを食べている時には小さな幸せを感じる」
「そうだな…あの時の光は幸せ一杯って顔してたからな」
他愛ない話が続き、二人は楽しい時間を過ごした…
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