小説

□幸福の音色
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一体何人の人間を手にかけただろう。
それが分からないくらいに激しい戦いだった。
自身に重い怪我は無いものの、疲労感で体は押し潰されそうだ。

赤城と小暮。

激戦を終えた二人は自分達の本拠へ帰るべく、大通りを通りかかった。
すると、何処からか琴の音色が聞こえてきた。
赤城は、とても穏やかで優しいその音色は、返り血にまみれた自分達にはあまりに不似合いなものだと感じた。
何処かの金持ちの娘が弾いているのだろう。お気楽なものだな、なんてひねくれた考えを巡らせながら歩いていると、隣を歩いていた小暮の姿を見失った。
後ろを振り返ってみると、緩やかな風に吹かれながら立ち尽くす小暮が目に入った。

「どうした」
「先に行ってくれ」

そう答えた小暮の口調はハッキリしていたので、疲労で足を止めた訳ではないようだ。
そのことから、小暮は琴の音色に聞き入っているのだろう、と推測出来た。
それが正しいか否かを確かめるべく、赤城は小暮に問いかける。

「琴が好きか」
「不思議なものだ…」

赤城の問いに小暮は頷いたものの、口にした言葉は答えになっていなかった。
どういうことだ、と赤城が追及する前に、小暮は言葉を繋げた。

「聞いているだけで、なんだか…気分が変わる」

こいつ、笑ってるな。

口元が隠れているが、赤城にはわかった。
いつも鋭い眼光を宿している目から、今は穏やかさが滲み出ている。
赤城はなんだか幼き日の小暮を見ているような気分になった。
悲壮も憎悪も知らなかった子供時代。
あちらこちら走り回る自分。それに小暮は着いてきてくれた。
ヤンチャで無邪気だったあの時は、色んな事をした。大人達への悪戯や無茶な遊び。
そんな自分を小暮はいつもそばで見守ってくれていたのだった。

ーあの頃、俺を見ていた目に似ているー

赤城は懐かしさに捕らわれて動けなくなった。ただボンヤリと小暮の表情にみとれる。
小暮は、何も言わず視線を送ってくる赤城に気づくと、申し訳無さそうに目を伏せた。

「付き合わせてしまってすまない」
「いや。俺もこのまま聞いていたい」
「そうか…」

嬉しそうに目を細めた小暮を見て、赤城は自分の心の色が塗り替えられるような錯覚に陥った。
いつの間にか、先程人を斬ってきた事が嘘のような、暖かい気分になっていた。

「俺も琴が好きだ」

ふと発せられたその言葉を聞くと、小暮は赤城に疑いをかけるような目線を送り、鼻で笑った。

「ふ…、意外だな。お前に琴は似合わない」
「本当だぞ」

反論してみたものの、赤城は声を押し殺して苦笑した。
小暮に疑われるのも無理はない。
小暮を笑顔にしてくれるものなら、琴じゃなくとも、何だっていいのだ。
こいつが琴が好きだと言うなら、密かに練習をして演奏して見せたら喜ぶだろうか。
しかし、琴を引く自分の姿を想像すると、あまりにも柄に合っていなかったため、すぐにその考えは打ち消された。

「何をニヤニヤしている」
「なに?」

赤城は小暮に指摘されて初めて自分の頬が緩んでいたことに気がつく。
そんな赤城を小暮はからかうように笑った。

「おかしな奴」
「うるせぇ」

そのまま二人は地面に腰を降ろして、琴の音色に聞き入った。

こんなささやかな癒しでも、隣にいるこいつと共有出来るなら。
それだけでどんな苦難も乗り越えられるだろう。

そんな想いを抱く二人を染める夕焼けは、幼き日に二人で見たものと何一つ変わっていなかった。




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