今日俺パラレル部屋

□白雪王子
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伊藤はいいな。と、ふたりで過ごす度そう感じてしまう。



白雪王子



「智司、なんか飲む?」

台所に立つ伊藤が食器をすすぎながら聞いてくる。かちゃかちゃと手際よく並べる白い手指が、長くてとても綺麗なのに目を奪われる。
背は高い部類に入る伊藤。
だが男でもうっかり惚れてしまうくらいの色気をもっている。
至近距離でその切れ長の目をすっと細めてみつめれば、大概の男はぐらりと傾く。意味ありげに添えられた手にも嫌悪などはもよおさない。これが十中八九。
近かった顔が更に間を詰め、唇を奪う。むさぼる。その気になる。およそ半分。
そこまでくれば後は犬。伊藤の気分次第で食われたり食われなかったり。
魔性、とでもいうのだろうか。
ノンケの男が次々と落とされていく様は見ているだけならばかなり笑える。男達はおあずけすら嬉しそうなのだから救いようがない。

「智司は落とせないからつまんないな。」

せっかく俺好みなのに。
唇をとがらせて文句を垂れていたのはいつの事だったか。
今日みたいに寒い日だったのは覚えている。
薄く雪が積もったあの日。不自然に地面に着いた足跡が、どこかのふたりの体がぴたりと重なった事を教えただろう。気付いた者がいればの話だが。

「でも智司、男が好きだろ?」

「………」

ちゅうと唇を吸いながら顔を離す。

「抱かれたい?」

「………」

にこりと微笑み、抱き締める。
抱き締められたのは俺。首元に当たる真っ直ぐな髪の毛が冷たい。

「…ごめんね、俺にはこれくらいしか出来ないけど」

力をいっぱいに込められた両腕が、苦しいけど温かかった。
あれから二度目の冬。
週1〜2ペースでふたりは過ごす。伊藤は相手がいない時はほとんどなくて、むしろ複数の場合が多いくらいで忙しいだろうに(少し皮肉混じりだ)優先順位は俺が上だ。

「返事ないから適当に作ったよ」

ことりと俺専用のマグカップがテーブルに置かれる。
ミルクたっぷりの紅茶。きっと甘ったるい。俺は甘党だ。最初は笑われたけど、インパクトが強すぎて絶対忘れることはないと宣言された。言葉どおり、いつも甘い飲み物をふるまってくれる。

ふたりでこたつで温まる。
ゆったりとした柔らかな時間が流れていく。

「来年は恋人欲しいよな」

「……ちゃんとしたやつって事か?」

「そう、ちゃんとしたやつ。遊ぶのはもうやめよっかな…」

「………」

そう言って遠くを見る様な視線の先に、誰かの姿が浮かんでいる…様な気がする。
遊ぶだけじゃ足りない男でも出来たのだろうか。

「好きなやつ、出来たのか」

「……まあね」

「体だけじゃなくて気持ちまで欲しくなったか」

「………」

「……なびかないのか」

珍しい。こいつと知り合ってから三年ほど経つが、落とせなかった男なんて片手分もいない。ちなみに落とした数は手足の指合わせたって全然足りない。

「…なんにもできないんだ」

「?」

「話すだけでいっぱいいっぱいなんだ。どーしたらいいのか全然わからない」

「………」

「どうしよう智司。俺、こんなの初めてですごく苦しい」

驚いた。こんな伊藤を見る瞬間がくるなんて。
でも、悪くない。
ひとりの人間に感情を振り回される唯一無二の友人がとても可愛らしく見えた。
伸ばした手で、子供にする様にぽんぽんと頭を撫でる。

「…ありがと」

きゅっと目をつむって撫でられる頭を微かにこちらに傾ける。もっと撫でて欲しいのだろうと解釈してしばらく手を動かした。

外は風の音ひとつもしない。静かな夜だ。もしも雪が降っていたら、いつかの様に積もるかもしれない。そしたら真新しい白にふたりで足跡をつけて歩くのもいいかもしれない。
あの日伊藤がくれた優しさを、今度は俺が返すのだ。



おわり

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