今日俺パラレル部屋

□極彩色で塗り潰す
1ページ/2ページ



極彩色で塗り潰す





イーゼルが派手な音を立てて倒れた。勢いを借りてキャンバスが吹っ飛んでいく。

「伊藤」

「…だめ。…だめだよ、良くん」

寸での所で唇をかわされた。
伊藤の両腕は俺の肩口をしっかりと押さえているのでのし掛かる事も出来ない。
体格差が恨めしい。

「……伊藤、付き合ってくれなんて言わない。キスだけでいい。それだけでいいんだ」

「……っ良くん」

伊藤の黒目が揺れるのが見えた。
瞬間、物凄い勢いで引っ張られて力一杯抱き締められた。ぎゅうっと強く強く、思わず痛いと口から出そうになる位。

「…っイ、イトーっ!?」

「らしくないよ良くん」

腕に込めた力をそのままに伊藤は真っ直ぐな声音で俺をいさめる。

「俺の知ってる良くんは、実直で正しくて、清廉な人だよ。心のあったかい俺の大切な人だ」

「―――」

「だからキスだけでいいなんて、……そんなこといわないで」

「……いとう」

伊藤の声は、最後の方は小さくて震えてて、とても聞き取り難かった。泣いているか、泣くのを堪えているのだと判った。

「…ズルいよ、イトー…」

「ごめん、ごめんな」

―――俺は、中野のだから。

小さく小さく伊藤が呟いた。
腕の力が緩んでいつでも抜け出せる状態だったけど、伊藤の温もりが心地よくて、やっぱり泣いているみたいで濡れる肩が少し冷たくて、気付いたら自分も泣いてしまっていたので温かさに任せて暫くこのままくっついていようと伊藤の背に腕を回した。

「……知ってる。…でも、好きだよ」

「…うん。ありがとう」

伊藤に抱き付いて、伊藤の胸ポケット辺りに涙の染みを付けて、多分顔を少し動かせば伊藤にキス出来る体勢で。
でも、伊藤に厭がられたくないから我慢した。

実直で正しくて、清廉な人。

それは伊藤に対しての俺の心象と全く一緒で、それならいいやと思ってしまった。
俺の想いを受け止めてくれる、大切な大切な、人。





それはとても鮮烈で濃厚で美しく、俺の心を塗り潰す。



end

次へ

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ