今日俺
□あなたで感じたいの
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あなたで感じたいの
中野のアパートに泊まった夜、静寂の中自分の出した声に驚いて目を覚ました。
動悸が激しい。びっくりして起きたからっていうのもあるけど、聞かれたくない事を声にしてしまった様な気がするっていうのが一番の理由。
ぺらぺらのカーテン越しの街灯が照らす薄闇の中、そっと後ろを振り返る。
中野はタオルケットをすっぽりかぶって丸くなって寝てた。シャワーを浴びてリーゼントがとれた前髪と、眠い時と眠っている時は二割増しになるタレ目が見える。
……多分、寝てる。…かな?
確かめようとタオルケットの端をつまみ、持ち上げた。半開きの口がのぞき、ゆっくりした規則正しい寝息が聞こえる。
――よかった、寝てる…
ほっとして思わず、目を閉じると幼くなる愛しいタレ目の目尻を親指の腹で撫でた。
……あ、ヤバい。
指先から伝わる中野の体温が、さっきまでみていた夢の内容を思い出させる。
俺をみつめる目、長い睫毛、からまる指、煽る舌、………
『…ア、ア、ア、中野……はやく…っ』
「〜〜〜〜っ!」
中野の顔を見ていられなくなって、布団に突っ伏した。
なんて夢だ。
焦らされて焦らされて、中野を欲しい欲しいとねだる夢。
……あーもう…なんで…
下半身が熱を帯びてる。さっきの夢で、すっかりその気になってたみたいだ。
そういえば今日は中野としてない。タイミングが悪かったというかなんというか、したくなかった訳ではないけどそういう雰囲気みたいなのにならなかったというか。
でも俺はどっちかっていうとしたかったんだけど。
――ああ、だからあんな夢みちゃったのかな。
ため息を吐くも下肢の熱は逃げていかない。このままでは眠れそうにないので、どう落ち着かせようか思案する。
……。
………。
…………。
どうしよう。起きないよね。
一番手っとり早い方法で事を済ませてしまおう。そう決めた。
背後を気にしながら下着の中に手を忍ばせる。すでに半勃ちのそれは自分の手が触れただけなのに強い快感を全身に伝えてきた。
「………っ…」
出来るだけ静かに早く終わらせたい。それは中野に気付かれたくないからで。
こんなとこ見られたら、バツが悪いしなにより恥ずかしい。理由が中野に散々焦らされた夢みて勃っちゃったからなんて絶対知られたくない。
「ん、ん…っ」
握る手を動かしながら中野のことを考えたのが失敗だった。快感がいっそう強まってうっかり声が出てしまう。
「……っ、………」
体をぎゅっと丸め、歯をくいしばってなんとか堪える。でも中野を思い浮かべまいとすればするほど、後ろにいる中野を意識してしまう。
――中野、もっと…触って……っ
夢の中で中野にすがる自分を思い出す。けど上下に動く手は止まらない。むしろ更に強く快感を求めてしまう。
たった二、三分。それだけの自慰で達してしまいそうな自分に呆れてしまう。
……なかの。…なかの、なかのっ……!
「――ハ、ハァ…ハ、ハ、ハッ――」
呼吸が浅くなって、その瞬間だけ止まった。脳天が真っ白になって、つよい快感が駆け巡る。
――…あ、あーぁ…
中野に気付かれまいと焦ってたからだろう、ティッシュのことを失念していた。手のひらが排出したものでべっとりと濡れている。どうがんばっても一度布団から出て処理しなければ。
「はー…」
面倒くささに溜め息を吐く。
とりあえず、取り替える事を前提にして汚れた手を下着に拭おうとしたその時だった。
「気持ちよかった?」
すぐ後ろ、耳元で中野の声がした。
「えっ……」
驚いて寝転がったまま振り返る。
タオルケットからのぞく、覚醒しきってるタレ目と視線が合った。口元は緩くほころんでいる。
「…なか、中野っ……いつから……!」
もぞもぞと頬杖を付きながら、質問に答えるべく思い出すように中野の黒目がななめ上に動く。
「……お前に呼ばれた様な気がして…起きた。そしたら一人でしてるから…」
「わっ、わわっ、言わなくていいっ……!」
下着に手をつっこんだ情けない姿であわてる。
なにからどうやって処理すればいいのか全然わからなくなってしまう。いっぱいいっぱいで泣きそうだ。
「…そのままでいーのか」
「……っ、ご、ごめん。すぐ綺麗にしてくるから!中野、先に寝てっ…………ぅわっ?」
立ち上がろうと、汚れていない方の手を着いて体重をかけようとした瞬間、反対の腕をひっぱられて中野に向き直る形にされる。その際手が下着からずれた。
「な、かのっ、汚れる…」
「別にいい。あと俺が聞いたのは、一人でしただけでいーのかって事」
「………、なかの…それって…」
「……乾いてきてる。風呂だな………で、お前の応えは?」
中野はいつのまにか膝立ちになって、俺の手をいつでも引っ張れる状態に握って問いかける。
俺の応えはもちろんイエスで、そう告げたらその手に力を込めて俺を起こしてくれるんだろう。
重なった手から生まれる熱が下肢に伝わって、達したばかりの筈のそれが再び快感を求め始める。
この手で触って、その唇でキスして、あの目でみつめてくれる。
一人でするのなんかより、絶対気持ちいい。
「中野としたい。………俺、中野で感じたい。……っえ、――わ!」
引かれる力と遠心力を感じたと思ったら、あっという間に抱え上げられていた。
中野はそのまますたすたと風呂場へ向かう。
ぱっと見、なに考えてるのか判らない顔が眼の前に横顔を見せる。
でもきっと、今は暗いから見えないけど中野の頬は赤く染まってる。だって少し照れたように微かにとがった上唇が目に入る。
好きな人のこんな顔は、なんでこんなに愛しいんだろう。
――もっと、いろんな中野が見たいな。
「―――中野も俺で感じたい?」
言って、中野の首に腕を回した。
おしまい