Novel

□蒼い夢が醒める時
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*微捏造注意
*兎が虎と出会う前の話

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僕には幼い頃から頻繁に見る夢があった。






降りしきる雨の中、焼け焦げた家の前で一人立ち尽くす少年。
少し癖のある金髪に翡翠の瞳を持ったその少年は、家族写真の入った写真立てを胸に抱えて俯いている――そんな夢だ。






――ああ、またこの夢か





今日も今日とて夢を見る。
毎度同じ夢にほとほと呆れてしまう。




――眠る度、伏せた瞼の裏で広がる光景は寸分違わず同じもの。
それは壊れたラジオのように今まで何十、何百と繰り返してきた。



まるで現在の僕を戒めるかのようだ。





「お父さん、お母さん…」





少年が、か細く震える声でぽつりと呟く。
大きな瞳からずっと堪えていたのであろう涙が溢れて雨粒とともに頬を伝った。
一度溢れたそれは止まる事を知らないように次から次へと零れていく。





ちり、と
僅かに胸が痛んだ。

―――この少年は幼い、両親を失ったばかりの頃の僕だ。





両親を亡くすという、子供には大きすぎる悲しみにただただ泣くことしかできなかった僕。






『…違う、』






違う、違う。

僕はもうこんな風に泣いたりしない。

僕は変わったんだ。

僕は強くなったんだ。



泣いてばかりだったあの頃の僕はもう居ない。



あの頃の弱い僕は、もう居ない。



(こんな夢、見たくもないのに)



少年の泣き声と雨音ばかりがこだまする。




頭が痛い。
気が狂いそうだ。
ああ、頼むから早く覚めてくれ。
お願いだから――



頭を抱えてしゃがみ込んだ


――その時





「お前、何泣いてんだよ」





不意に聞き慣れない声が鼓膜を揺らした。

――低い、男性の声だ。



その声の聞こえた、しゃがんだ僕の頭上へ視線を向ける。




「…誰、ですか」




見知らぬ男が立っていた。

金色に輝く垂れ目がちの瞳に褐色の肌、アジア系に少し西洋が混じったような精悍な顔立ち。

どこかで見たような顔だが、どこで見たかが思い出せない。




――おかしいな。

こんな男がこの夢に出て来ることなんて今まで一度もなかったのに。




「泣いてなんかいませんよ。…ただ、」




ただ、少し泣きそうになっていただけで。

心の中で呟いたはずが、彼にはその心の声が聞こえていたよう。
目元をこする僕に男が笑った。



「別に強がんなくてもいいんだよ。強がるのも、もういい加減疲れただろ?」



わしゃわしゃと、僕の髪を掻き回すように撫でながら男は言う。






――知ったような口を。
見ず知らずの貴方に僕の何が分かるというのだ。
人の過去なんて知りもしないくせに。






「ああ、確かに知らねぇよ」





ほら、やっぱり





「まぁ、でもな。この歳になると、顔を見れば何となく分かっちまうもんだ。
……なぁ、なんでも一人で抱え込むんじゃねぇよ。―――――お前は一人じゃないんだから」

「――…は?」





男が優しく微笑んだ。
綺麗に輝く対の琥珀が細められる。


「温かい」と言えばいいのだろうか。
「穏やか」と言った方が合っているかもしれない。

それは生前の、母の眼差しにどこか似ていた。





――やっぱりこの男の笑顔、どこかで見た気がする





(本当に、誰だったかな)





既に覚醒しかけているのか、徐々に夢の世界が揺らぎ始めた。



浮上する朧な意識の中、僕は記憶を探った。













「…ん…」


目覚めた途端に飛び込んでくる眩しい朝日に、思わず再び瞼を閉じたくなる。
しかしそうする訳にもいかず、未だ重い体を持ち上げて起き上がる。


時計に視線を移す―――6時30分。

そろそろ起きなければ。



「…今日は初出勤だしな」



ベッドから立ち上がって身支度を始める。


今日は僕がこのシュテルンビルトを守るヒーローとしてデビューする日だ。

―――実を言えば、僕にとってはそれさえも建前でしかないのだが。



殺された両親の仇を討つ。
それが僕の真の目的なのだから。



まぁそれでも、できるのなら華々しいデビューを飾るその瞬間は完璧なスタイルで現場に臨みたい。



「―――よし」



髪型 表情 眼鏡 服装

どこも問題無し。完璧だ。



「かっこよく、あくまでスマートに」



玄関に立って
気合いを入れるように呟いて

外への一歩を踏み出した。






まさかその後、出動先で夢の中のあの男―――――ワイルドタイガーと再会することになるなんて、僕は欠片も予想していなかった。








―――その日以来、あの夢を再び見ることが無くなったというのは、また別の話。






(それを人は予知夢と呼ぶ)











end.

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尻切れとんぼすみません…(汗



2012.2.7

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