Novel

□Artificial (黒虎虎)
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俺はH-01。
通称「ブラックタイガー」。


アンドロイドの俺だが 今、一つ悩みがある。
それは


「虎徹」
「んー?何?」


ソファに座ってのんきに新聞を読んでいる男。
俺のオリジナル、鏑木・T・虎徹だ。

名前を呼んでも視線は新聞に落としたままに、気の抜けた返事をしてくる。
まったく、この状態だと人の話を聞いているのか実に微妙だ。

だから、ちょっとしたイタズラを仕掛けてみることにした。


「なぁ虎徹」
「んー?」
「虎徹は俺のこと好き?」
「んー」
「じゃあキスしてもいいか?」
「おー」


一一よし、言質は取った。

いささかただ返事をしていただけのような気がしないでもないが、まぁいい。
俺を放置して新聞にばっか構ってる虎徹が悪い。

足早に虎徹に歩み寄る。
そして、熱心に読んでいたその新聞を奪い取った。
ら、まぁ案の定虎徹は不機嫌そうに眉を寄せて俺を睨んだわけだが。


「おい、タイガー!まだ読んでる途中なんだから返せよ!!」
「あ?こんなもんに夢中になる暇があったら俺に構えよなー」


新聞を取り返そうと手が伸びてくるが、そんなもの、捕らえてしまえばこっちのもの。
捕らえた腕を片手でひとまとめにして動きを封じて、油断していたところでその唇にキスを落とす。
虎徹は一瞬面食らった顔をしたが、俺が舌を入れると我に返ったように激しく抵抗した。


「はな、せ…っ、タイ、ガ、ふ、ん…んぅ…ッ!!!」


貪るように、噛みつくように
激しく乱暴に口づける。


歯列をなぞって、口腔内を蹂躙。
息をつく暇なんて、俺以外の事を考える暇なんて与えない。


重ねた唇はそのままに、虎徹の体に腕を回す。


『…温かい』


抱きしめた腕から伝わるのは人間の温もり。
この感じはなかなかに心地良くて俺は好きだ。
それに加えて、こいつは他の奴等より少しばかり体温が高いから余計に心地良いんだろう。
ずっと抱きしめていたくなる。

そこでふと思う。
こいつがいなくなったら、この温もりが消えてしまったら、俺はきっと、壊れて朽ちてしまうのだろう、と。


だって俺の存在意義は虎徹が在ってこそなのだから。


だがそれだけではない。

人間は誰しも「恋」をする。
その対象は同性、異性、様々ではあるが、そこには形はどうであれ必ず「好き」という感情が作用するのだ。
当たり前に、その対象が消えてしまえば『好き』という感情も自然と消滅してしまうだろう。


一一そんなのはイヤだ。


虎徹との関わりの中で得たこの感情という名のデータを失いたくはない。
無機質な、ただの機械には戻りたくない。


ぎゅう、と
虎徹を抱く腕に力がこもる。



「虎徹」
「だっ…!?なんだよ、つか、はな…せっ、苦しいから!!俺潰れちまうから!!」
「スキ、だ」



腕の中でもがいていた動きがぴたりと止まる。
しばらく静止したかと思えば冷めた瞳で俺を見た。


「嘘だ」
「嘘じゃない」
「嘘だ。だってお前はアンドロイドだろ。恋愛感情なんてあるはずがない。ましてや自分と同じ顔の奴を好きになるわけがないんだ」
「違う、違うんだ、虎徹」



この気持ちは、この想いは
決して人工的に作られたものなんかじゃないんだ。



「タイガー、それは錯覚ってやつだ。そうでなければ故障か何かだろ。明日あたり斉藤さんに見てもらったらどうだ?」



返ってきたのは悲痛なまでに冷たく、鋭い言葉。
突き放すような、否定の言葉だ。


一一ああ、そうだ。
俺は所詮アンドロイドだ。

人間を愛し、愛される事など、元から不可能に等しかったのだ。


「…ああ、そうだな。明日、斉藤さんに見てもらってくる」
「おう。それなら俺もついていってやるよ」


虎徹の瞳がいつもと同じ穏やかさが戻って何事も無かったかのように笑う。





(人間の笑顔とは、時に残酷なものだ)






なぁ 虎徹
この感情がこんなにも胸を痛めるものだったのなら
俺は知りたくなかったよ。





(『好き』という気持ちはまるで諸刃の剣)





end.

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報われない海老

2012.2.5

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