Novel(捧げ物)
□Winter scene.(T&B/兎虎)
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それはとある冬の日のこと。
「な、バニー。手繋がねぇ?」
「…は?」
いつもながらに唐突な虎徹の言葉にバーナビーは眉を潜めた。
いや、顔こそ不機嫌そうにしているものの、別に虎徹と手を繋ぐのが嫌なわけではない。
むしろ好きな人となら、できることなら四六時中繋いでいたいとすら思うのだが。
「虎徹さん、もう少し場所を考えて下さい。…ここでは目立ちます」
今すぐに虎徹の手を取ってしまいたい衝動を必死に抑えて、バーナビーは極めて冷静に言った。
二人が歩いているのはシュテルンビルト・ブロンズステージの中心街。
休日の昼下がりともあって人通りが多く、人目も多い。
恋人同士とはいえ同時にヒーローでもある二人がここで手を繋ぐのはさすがにまずいだろう。
白昼堂々、それなりに整った容姿の大人二人が仲良く手を繋いでいる。これは見る人が見ればつまり…まぁ、つまりはそういう関係だろう。
それ以前に互いに恋人であることも公表していないため、パパラッチに激写でもされたらゴシップニュースのいいネタになってしまう。
それだけは絶対に避けたい。
「えー、いいじゃん別にぃー」
虎徹は子どものように口を尖らせた。
寒いのか、しきりに手揉みをしたり、はあぁと息をかけて手を温めようとしている。
その仕草だけでバーナビーの理性はいっぱいいっぱいだ。
この人は時々、本当は自分より年下なのではないかと錯覚してしまうほど可愛い。
仕草、反応、言動、表情、全てが可愛すぎるのだ。
アラフォーのおじさんが可愛いなんて、まったく僕はどうかしてる。
その自覚はあるのだが、恋は盲目とはよく言ったものだ。
付き合い始めてもそれは相変わらずで
『ああああもう!!なんでこの人はこんなに可愛いんだ!!』
心の中でひそかに悶える。
ついつい口元が緩みそうになって咄嗟に覆い隠した。
一一ああ、危ない。
こんなに緩みきっただらしない顔、誰かに見られたりしたら大変だ。
『…幸せ、だな』
今更ながらにぼんやりと思う。
無理もない。
幼くして両親を殺され、今までの人生を復讐に費やしてきて、久しく人の温もりを忘れていたのだ。
今では彼と一緒に居る時間全てが愛おしく、幸せでしょうがない。
「隙ありっ!!」
物思いにふけっていると、不意にバーナビーの左手を何かが捕らえた。
その手を捕らえたものの正体一一虎徹の右手だ。
突然の不意打ちにバーナビーは目を丸くする。
「ちょっ…虎徹さん!!」
慌てるバーナビーとは反対に当の虎徹は嬉しそうに、繋いだ手を強く握った。
「しっかし、最近本当に寒いよなぁ。雪でも降ってきそうだ」
そう言って空を見上げる。
つられて仰ぐと、それは僅かに曇った空模様だった。
そのまま息を吸えば、冬の乾燥した、それでいて澄んだ空気が肺を満たす。
その冷たさに思わず顔をしかめる。
一一まだまだ冬が過ぎる気配は無い。
「そんなに寒いなら手袋でもつけてくればいいのに…」
「それはそうなんだけど何でかいつも忘れちまうんだよなぁ」
「やっぱ歳かね?」なんて言いながらへらっと笑う。
「ああ、でも」
繋いだ手が一度解けて離れて、再び絡み合う。
所謂恋人繋ぎになったその手を見て虎徹は満足そうに笑った。
「手袋よりバニーの手の方があったかいし。あと、こうしてるとなんか幸せな気持ちになるから俺はこっちの方が好きだなぁ」
少し照れ臭かったのか、ほんのりと頬を染めた。
…と、ここで唐突に会話が途切れた。
どうしたのだろうかと思いつつ虎徹は歩みを進めるが、しばらくしてもなかなかその沈黙が破られることはなかった。
バーナビーと虎徹 互いに一言も発しない。
というのも、虎徹が喋らないのは先刻自分が言った台詞を思い出して、今更ながらその台詞の恥ずかしさに気づいてしまい喋ろうにも喋れないのだ。
一一どうにもこうにも空気が重い。
沈黙に耐えかねて虎徹はバーナビーの顔をのぞき込んだ。
「えーと…バニーちゃん?」
「ッ!!?」
名前を呼ばれたバーナビーはその声で我に返ったかのように俯いていた顔を上げる。
一一虎徹は驚愕した。
「バ、バニー?なんか顔が真っ赤…」
「うっ…うるさいですよ!!見ないで下さいおじさんのくせに!!」
「ひでぇ!!おじさんのくせには余計じゃね!?」
バーナビーがふいとそっぽを向く。
その顔は熟れた林檎のように真っ赤だ。
彼の気分を害してしまったのかと虎徹はあわあわと慌てた。
「バ、バニー?もしかして俺、何かしたか?それとも何か変なこと言ったり…」
虎徹はどうやら無意識だったらしい。
バーナビーは信じられないという風に目を丸くした。
一一まったく、天然とは時に恐ろしい。
「ああもう!!可愛すぎるんですよ貴方は!!」
バーナビーは思わず、虎徹を思い切り抱きしめた。
徐々に集まってくる人目の中、あまりに突然の事に事態を把握しきれていない虎徹はバーナビーのされるがままだ。
「バニー、苦しいって!おい!」
力強く抱きしめられてそろそろ息苦しくなってきた虎徹がバーナビーの背中をバンバンと叩く。
「周りの人が見てるから!」と言われた所でバーナビーがハッとして、おずおずと虎徹を解放した。
我に返り辺りを見回して、こちらへ向いている多くの人目を認め、決まり悪そうに一つ咳払いをした。
「すみません。…つい」
虎徹さんが可愛すぎて。
真顔で言ったバーナビーのその言葉に、今度は虎徹が顔を赤くした。
「だっ!!可愛いってお前…そりゃおじさんに向かって言う言葉じゃないだろ…」
恥ずかしいのか、照れくさいのか、顔を覆い隠すようにハンチング帽を目深に被る。
お陰で表情がよくわからないが、きっと帽子を取った顔は真っ赤だろう。
『…お互い様、なのか?』
そう考えて ふ、と吹き出す。
いい年した大人二人が互いの言った言葉で照れ合うなんて、よくよく考えればなかなかに滑稽だ。
まぁ、その二人の内の一人が自分というのがあれだが。
『でも、きっと貴方とでないとこんな滑稽な図は成立しないんでしょうね』
瞳を伏した。
途端に訪れる闇の中、両親がこちらに微笑みかけている。
『一一父さん、母さん』
僕は今 とても幸せです。
だからどうか
安らかにおやすみなさい。
瞼を開く。
真っ先に瞳に映った、虎徹さんの姿。
その姿に右手を差し出す。
「ほら、行きますよ。虎徹さん」
差し出した右手をはにかんだように笑いながら取る僕の恋人。
「…っ、おう!しっかりエスコートしてくれよな」
こうして二人は歩き出す
ふわり、ふわりと降り出した雪の中
他愛もない話でもしながら
それでも繋いだその手は決して離すことなく
幸せそうに笑いあいながら
一歩一歩、石畳を踏みしめて。
end.