Novel(捧げ物)

□追憶に沈む (T&B/兎虎/相互記念)
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「一虎徹さん?」






シュテルンビルトの雑踏の中、見慣れた後ろ姿を見つけてその名前を呼んだ。





数百メートル先、人込みの中で周りより頭一つ分飛び出たハンチング帽子がひょこひょこと上下する。





間違えるはずがない。
僕の恋人一一虎徹さんだ。





ひとごみを掻き分けてその背中を追う。





「あっ、すみません、ちょっと通して下さい…っ、虎徹さんっ!!」




人の流れに逆らって、時折波に押し戻されそうになりながら、何度も 何度も
必死に虎徹さんの名前を呼ぶ。



けれどその声は周りの声や音に掻き消されて彼には届かない。










どく、と
痛いくらいに心臓が跳ねた

胸がちりちりと焦げるような感覚に思わず顔をしかめる。






『…なんで、』






何故こんなにも不安なんだろう



何故こんなにも焦燥感が募るのだろう





この胸の疼きは、一体何だ




ざわざわと揺れる胸の違和感。
それは虎徹さんへ近付くたびに膨らんでいくばかり。







苦労しながら、大股で歩いてなんとか追いついた。
数メートル先にはもう彼の背中がある。




歩みを進めて
あと5メートル




3メートル




2メートル






手を延ばす。
あと少し。あともう少しで届く。







その時







「虎徹さ…っ!?」






突然 何かに足を捕らえられた。
いや、捕らえられたと言うよりもすくわれたと言った方が正しい。
とっさに地面に視線を落とす。



一違う。捕らえられたりすくわれたりした訳ではない。
足元の石畳がぼろぼろと崩れているのだ。


崩れた石畳の瓦礫は地面の中に落ちていくように吸い込まれて、やがてそれは真っ黒い穴になった。



そんな、地面が崩れるなんて聞いたことがない






「くっ…!!」






足を巻き込まれ、必死に落ちまいとするも穴は容赦なく僕をずるずると引き込む。





嫌だ やめろ





口を開くが声が出ない。
叫ぶこともできない。





穴が塞がっていく。

光が細くなっていく。







「じゃあな、バニー」







穴に引きずり込まれる間際、虎徹さんが振り返って僕に手を振った。






淋しげな顔で
泣きそうな顔で






まるで別れを惜しむかのように









待って


行かないで


僕を置いて行かないで下さい




お願いだから 消えないで







既に点となった光に手を伸ばすが、もう遅い






真っ暗な穴の底へ、果てしなく落ちていく。








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