過去拍手文

□大好き
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『大好き』まさみり
※真咲さん視点



「大好きです。あなたのことが」



それは、その年の最初で最後の雪の日。
寒くて寒くて、あたしはもふもふのマフラーを鼻の下まで巻いていた。

幅の広い川に架かった橋の上には、あたしたちしかいない。

時間は確か、0時頃。
世界は夜が支配していた。

その優しい声が、白い息になって目に映る。
潤んだ瞳も、赤い頬も、明るい髪にちょんと乗った大粒の雪も、あたしは一生忘れないと思う。

…たぶん。



「…………」



それきり、みりおは何も言わなくて、あたしの方から尋ねる。



「返事、いる?」



彼女はパチパチと瞬きをして、目を伏せて。
1秒、2秒、3秒…。

ゆっくり、その視線が上がり、目と目が合う。
こんなに、綺麗な瞳の色をしてたんやなぁ…となぜか実感した。

みりおが短く、こくんと頷く。

迷うことも、悩むことも何一つない。
翌年の春には離れ離れになると知っていても。

だって、あたしに寄せてくれたその想いは、あたしの心を包んで暖かくしてくれた。

あたしを、幸せにしてくれた。

スタスタと、3歩。彼女との距離を詰める。
自分のマフラーを片手で少し下げて、もう一歩。

ずっと傍にいて、この距離には、慣れたつもりでいたのに。
胸がうるさい。痛い。
「大好き」なんて、みりおの言葉のせいや。

顔を右に傾けて、そっと近付けていく。
一瞬、見開かれた瞳は、近付くほどに伏せられて。

閉じるのと同時に、触れるだけのキスをした。

体を起こせば、彼女のまぶたが震えて、私を見る。

静寂の中。あたしの声だけが響いた。



「好きだよ。あなたが」



あたしの想いを、白い息が縁取り、彼女の目にも映った。
さっき触れた唇が、弧を描く。赤い頬を雫が伝う。

彼女の涙を、その蕩けそうな笑顔を、何より愛おしいと思ったその日、彼女はあたしの恋人になった。



あれから何年経ったかな。
記念日なんて覚えていない。

ただ、あたしの誕生日はギリギリ過ぎてて、タイミングが悪いと散々文句を言った。

みりおはほけほけ笑って「来年、2回分のプレゼントします」って。

「来年も恋人か分からんやん」と、凄まじく意地悪なあたしの言葉にさえ、「真咲さんが私の好きな人であることに変わりはないです」なんて、朗らかに笑った。

でもそこに、切なさがあること、あたしにはちゃんと分かって。
胸がチクチクと痛くて。

「ごめん。みりお、好き」と、ちいさく言う子供のようなあたしに、彼女はくしゃりと笑って、頬にキスしてくれた。



そして、今。



『大好きです。真咲さんのことが』



耳に届く、変わらない優しい声。




「なぁ、あたし今、おやすみって言うたんよ?」

『んふふ』



電話越しに聞こえる穏やかな笑い声。
文句言ってるのに、あたしの頬はゆるむ。
みりおはきっと、そのことに気付いてるやろうな。



『真咲さんは?』

「あ?」

『どう思って下さってるのかなぁーって』

「…………」



きっと、みりおはふにふに笑ってる。
あたしが何か言うまで、いい子に待ってる。



「なんで隣におらんのよアホって思ってる」

『大好きってことですね』

「都合よすぎやろ。誰に似てきたん?」



即つっこんだら、みりおはそれはそれは楽しそうに笑っていた。
それから、静かに柔らかな口調で言う。



『今度会った時に、聞かせてくださいね』



なにを?とは言わない。
気が向いたらね、とも言わない。

うんと応えたら『嬉しいです』と、暖かく返ってきた。

その暖かさが、大好き。




『おやすみなさい、真咲さん』

「おやすみ。あたしの夢見て」

『最高に良い夢ですね、それ』




ふわふわと笑って、みりおは電話を切った。
スマホを置いたサイドテーブルには、みりおからもらった彼女のカレンダー。

次は、いつ会える?

早く聞いて欲しい。

心からの「大好き」を。



END
 

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