過去拍手文

□秋風
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※ちゃぴちゃん視点




「わ」




ふわあーっと、大きな橋の歩道を冷たい風が通り抜けた。
その風は、私のロングスカートの裾を広げる。

きゃっ、なんて、高い声は出ない。冷静に、さっと防護するだけ。
今ここにあの方がいたら、なんて仰るのかな。




「………」




何も言わずにクスっと、黒目がちな丸い瞳を細めて微笑む表情が見えるような気がして。
あの方の場合、それだけで、素敵だから。

想像しただけで顔が火照った。
赤いなと、実感すると、さらに胸がハクハクしてしまうのだけど。

仕方ない。だって、私は真咲さんに恋しているもの。

秋を感じる心地いい空気を吸い込んで、ふーっとはきだす。
耳に付けたイヤホンからは、彼女の歌声が流れていて、いい気分でてくてくと歩いた。

そうしていると。




「ちゃぴ」




甘い声が届いた。歌声とは違う、彼女の声。
ぱっとイヤホンを外して、一瞬で胸をいっぱいにした期待に動かされ、くるりと振り返る。

その先に、スラリと背の高い彼女がいた。
てくてくとこちらへ近付いてくる。

真咲さんの香りが私を包んで、胸がきゅうきゅうと痛くなった。




「真咲さんっ。いつから背後に…」

「背後って人聞き悪ない?」




フフっと笑って、真咲さんは私の隣に来た。

嬉しくて嬉しくて、ふにふに笑って、彼女を見つめていると、真咲さんは一度目線を下に落とした。

それを追うと、真咲さんの右手が、私の左手の前でパーに開いていて。

顔を上げて彼女を見ると、ちょこっと照れ臭そうにニっと笑った。
胸がきゅーっと引っ張られる。真咲さんが傍にいると、トキメキが止まらない。

温かい手に手を重ねたら、真咲さんはきゅっと繋いだ手に力を込めてくれた。

ドキドキしている心臓も、熱くなっている全身も、もうどうにかなっちゃいそう。

並んで歩きだせば、真咲さんが口を開く。




「ちゃぴの家行こうと思って。散歩がてら歩いてきた」

「初耳です」

「今言った」

「ふふっ」

「風がスカートにいたずらするとこから背後におったよ。残念ながら何も見えへんかったけど」

「ざんねんながら…」

「そ。残念ながら」




真咲さんは私の頬を撫でて、クツクツと楽しげに笑っていて、私もなんだか笑みが込み上げて来て、一緒になって笑った。




「風、ちょっと冷たくなったねー」

「なりましたねー」

「今夜はかぼちゃシチューやな」

「いいですねぇ。あ、かぼちゃ買いにいかないと」

「じゃ、ちゃぴの家の近くのスーパーに行こう」

「そうしましょう」




ほわほわとお話ししながら歩いて、橋のたもとへ着く頃。




「わ」




また、風が吹いて、スカートの裾が広がる。
同じようにさっと冷静に防護して、風をやり過ごす。

かわいくない声だったな…と思っていたら、真咲さんが言った。

クスっと、黒目がちな丸い瞳を細めて微笑みながら。




「早く帰ろう。あたしも可愛いちゃぴにいたずらしたい」

「ま、まさきさんっ」

「はははっ」




ぎゅっと手を繋いで、てくてく歩く。

隣を見れば、視線に気付いた彼女が目と目を合わせてくれて。
意地悪なことを言うのに、その表情には優しさが溢れていた。




「あ、いたずらはダメです」

「風のせいで聞こえへーん」

「………」

「驚きすぎ。ちゃぴ、おもしろい」

「もー…」

「ふっふっふ」




ご満悦な真咲さん。今日もいじられ放題だけれど。
それでもやっぱり私は、あなたのことが大好きなのです。

繋いだ手から、伝わっているといいな。




END
 

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