◇刻ノ扉
□強く脆く愛おしく:以蔵
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事あるごとにに長屋住まいの私を訪ねてくれる貴方。
淋しい時に抱きしめてくれるその腕はとても太く力強く、そして悲しみの分だけ傷が有る。
『天誅だ。』
『何時ですか?』
『今から……行ってくる。』
貴方は私に背を向けた。
白み始めた夜明け前、貴方は無事に戻って来た。
折れた刃先を手にして。
その表情は悲しみに溢れていた。
『起きてたのか…。』
私は頬についた紅い雫を拭ってあげるけれど、少し乾いてるのか色を残した。
『龍馬の刀…折っちまった。………俺は…駄目だな。』
『?』
『新兵衛には勝てぬ。』
『…。』
私は震える体を自分の胸に抱え込んだ。
『貴方にしか救えない事も有るのです。貴方は剣が全てかも知れない。だけど…貴方が生きてここに戻る度に、私は生きようと思える。』
私の回した腕を痛い位に貴方は掴む。
『生きて下さい。生きていれば勝機はいくらでも…貴方が戻らない日は私は消えてしまいたくなる。』
『すまない。』
貴方の震える体に私の温度を移す。
唇を落として。
貴方の消える事の無い心の傷が増えるなら、私はそれとともに堕ちて行こう。
貴方に光が見えるなら、私はその光へと導こう。
貴方と共に歩みたい。
どんな道だろうと。
それが私の歩みたい道だから。
『貴方の側に置いて下さい。以蔵…』
(完)