◇刻ノ扉


□強く脆く愛おしく:以蔵
1ページ/1ページ



事あるごとにに長屋住まいの私を訪ねてくれる貴方。

淋しい時に抱きしめてくれるその腕はとても太く力強く、そして悲しみの分だけ傷が有る。


『天誅だ。』

『何時ですか?』

『今から……行ってくる。』


貴方は私に背を向けた。

白み始めた夜明け前、貴方は無事に戻って来た。

折れた刃先を手にして。

その表情は悲しみに溢れていた。


『起きてたのか…。』


私は頬についた紅い雫を拭ってあげるけれど、少し乾いてるのか色を残した。


『龍馬の刀…折っちまった。………俺は…駄目だな。』

『?』

『新兵衛には勝てぬ。』

『…。』


私は震える体を自分の胸に抱え込んだ。


『貴方にしか救えない事も有るのです。貴方は剣が全てかも知れない。だけど…貴方が生きてここに戻る度に、私は生きようと思える。』


私の回した腕を痛い位に貴方は掴む。


『生きて下さい。生きていれば勝機はいくらでも…貴方が戻らない日は私は消えてしまいたくなる。』

『すまない。』


貴方の震える体に私の温度を移す。
唇を落として。

貴方の消える事の無い心の傷が増えるなら、私はそれとともに堕ちて行こう。

貴方に光が見えるなら、私はその光へと導こう。

貴方と共に歩みたい。

どんな道だろうと。

それが私の歩みたい道だから。


『貴方の側に置いて下さい。以蔵…』


(完)

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ