短文

□一輪花
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『ねえ、グレイ……


私、貴方の事が大好きよ。


ずっと、ずっと、ずーっと…


一緒にいてね?』





アイツは、いつも笑ってた。

強いヤツだとか、そんな単純な理由で泣かないと思ってた。

でも、違ったんだ。

アイツの…なまえの特技は笑う事じゃなくて、


誰にも見つからないよう、1人で泣く事だった。
















雨が降っていた。

俺達の涙を隠してくれてるかのように、優しい雨が。





「なまえ…このお花好きだったわよね…。ホラ、こんなに、たくさ、ん…皆……」





最愛の人の名前が刻まれた墓石。

大きくはないその墓の周りには墓が埋もれるくらいに大量のスノーフレークが添えられていた。

死んだなまえが、大好きだった花。

その花のうちの一つを手向けたルーシィは、ついに言葉の途中で俯いてしまった。





「…んで…なんだよ、これ…っ……」

「ナツ、落ち着け……」

「なんでなまえが死ぬんだよ!!?なんで、なんで……」





へたへたと座り込んだナツを支えるエルザでさえも、唇を噛み締めていた。

泣いてるのかなんて、頬を伝う雨の滴で分からない。

分からなくてよかった。

ここに集まる奴の中に、涙を流さない奴なんていないのだから。





「大丈夫、グレイ…?」

「……………あぁ」





ハッピーの明るいあの声も、今は沈んでいた。

雨が降っていてよかった。

最後の最後で、なまえの前で涙なんて見せたくねえ。















なまえが、死んだ。

まるで冗談のような話だった。

嘘だろ?また、誰かが間違った噂を言ったんだ。

あんなに強くて美しい、なまえが、簡単に死ぬワケがないだろ?





「、仕事の帰り道の山で、なまえが倒れて、て…!!!」





なまえが病持ちなのは知っていた。

俺が彼女に気持ちを告げた時、そんな私でもいいのかと訊かれた。

迷う理由にもならなかった。

少し、戸惑ったけど。

いつも笑顔のなまえがそんな事で悩んでたなんて。




なまえを見つけたそいつの話では、最初は寝てるのかと思ったくらいだったという。

薄く口を開いて、目を閉じて、

軽く話しかけて近寄って行ったらしい。




近づいて着衣が乱れている事に気付き、大慌てでアイリスの肩に触れて、

その時にはもう、体温が殆どなかったらしい。



頬には何筋も涙が伝っていた。

眉は苦しそうにハの字に下がって。


俺が初めて見た、なまえの涙の跡。





「私が…必ずなまえを乱暴を働いた者を見つける」





エルザはキッと目を吊り上げてそう墓標で誓うと、墓に背を向けた。

病気が悪化してるという話は知っていた。

それが運悪く、襲われている時に発作が起きた。


彼女の最期は悲しい事に、知らない男の前で終わった。













皆が悲しい顔をしながら去っていく中、

俺は1人、墓の前にいた。

ルーシィが気を利かせて1人にしてくれた。





「なァ…なまえ、覚えてるか?」





添えられた花を一輪掴むと、それに目を向けながら話す。

返事をくれない彼女に向けて。





「俺がお前に気持ち伝えた時…この花がいっぱいに咲いてた丘だったのを、さ」





この花を好きでいてくれたんだな、と思わず笑みが零れた。

ああ、俺はまだ笑えたのか。





“私もすき”

“グレイの事がだいすきよ”






「なんで…先に逝っちまうかなァ……」





“私…この花を忘れない”

“グレイがくれた花を、グレイの事を”

“絶対に忘れない”






「まだ何にもしてやれてねえし…してもらってねえよ……」





自分では笑えてるつもりだけど、頬を雨とは違う、暖かい滴が伝っていった。

花を力任せにぎゅっと握ると、花弁がハラリと落ちた。

あまりに、儚い。





「……そうだ…お前、エンゼルランプって花も好きだったろ?」





たいして綺麗でもない花を、彼女は家の庭にたくさん咲かせてた。

それを見つめるなまえが好きだった。

母親が子供を見つめるように優しく笑うなまえの笑顔が、大好きだった。





「ルーシィに聞いたらさ……教えてくれたんだ。エンゼルランプの花言葉」





“ねえ、グレイ”

“この庭のエンゼルランプ…みんな貴方にあげるわ”






「“貴方を守りたい”……だってさ」





“大丈夫”

“私はグレイを、必ず、”






「バカ言ってんなよ…女を守るのは男の役目だっての」
















『スノーフレークも育てようかしら』


「や、やめろよ…恥ずかしいだろ?」


『あら、どうして?グレイは私が“皆をひきつける魅力”があると思ったから、この花のある場所へ連れてったのでしょう?』


「……花言葉詳しいのかよ」


『ふふ。気付かれてないかと思ってたのね。ホント、男の子は単純』


「結構時間かけて考えたんだぜ?」


『…ありがとう』












「なまえ…俺さ、お前の事無理に笑わせてなかったか?」





涙を流したいのに、俺のせいで無理に笑わせてなかっただろうか。





「俺と一緒で、本当に楽しかったか?」





あの笑顔は本物だと、信じていいんだよな?




「最期に泣かせちまって……ごめん」





俺が守らなければいけなかったのに。

誰よりも、何よりも、傍にいてやるべきだったのに。






















「なまえって、強いよな」


『?変なグレイ。私よりグレイの方がずっと強いじゃない』


「や、武力的な意味じゃなくてさ」


『?』


「辛い事とかねぇの?なんかあったら、俺に愚痴ってもいいんだぜ?」


『…ないわよ?そんなの。心配かけてごめんなさいね』




















辛い事がないだなんて、そんな事あるわけないじゃないか。

大切なところでまたなまえを傷つけていたんだ、俺は。





「俺はさ、お前と一緒ですげえ楽しかった」





墓石の前に跪いて、用意しておいた別の花を一輪置いた。

赤色のそれは、スノーフレークよりは大きいけれど、それでも小さな小さな花をつけている。





「それさ、千日紅って言うんだ。アイリスを連れてったスノーフレーク畑の丘の、端の方に咲いてた」





彼女ともう話せなかったとしても


俺は彼女を忘れないし


たとえ彼女と会えなくなっても


笑顔で前を向く強さを、俺は彼女からもらったんだ





「天国ででも花言葉調べとけよ。ちゃんと世話して、俺が逝く頃には花畑用意してくれや」












これでいいんだ。


なまえには、こういうサヨナラの方がいい。










(サヨナラ、俺の一輪花)


110430

 

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