FT夢
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飛び込んでからのことは、何も考えてなかった。
崩れ行くエルザの鎧を見て、咄嗟に飛び込んだだけ。
腕が千切れた瞬間の痛みは一瞬のものだったが、流石に出血の勢いは凄かった。
治癒が追い付いてないな、そう思って唇を噛み締めて―――
ぱちっ
『―――』
目が覚めた。 唐突に。
上半身を起こして辺りを見回すと、視界の中にとんでもないものが飛び込んできた。
『マ…マス、ター……!?』
ベッドに身体を預け眠るマスターがいた。
あまりに不意討ちすぎて…心配よりも驚きが勝って。
ジュピターが射出され、マスターではなくエルザが止めに入った時点で、マスターがギルドにいないことは分かっていた。
でも…まさか、こんな。
小さな身体に満ち溢れる大きな威厳と魔力が、今のマスターから感じられない。
「目が覚めたかい」
『!』
凛とした声に思わず身構えるも、そこにいたのは見知った人だった。
森の香りに似た彼女の匂いが、混乱していた頭を冷やす。
あたしは深呼吸をして、
『久し振りですね、ポーリュシカさん』
「…本当にね。またアンタの顔見る事になるなんて思ってなかったよ」
『助けて頂いたようで…ありがとうございます』
「アタシはベッドを貸してやっただけだよ。そっちが勝手に治ったんだ」
彼女の言葉に苦笑する。
確かに治療は必要なかったかもしれないが…あたしはベッドの周りを見た。
ベッドの周囲には真っ赤に濡れた包帯があちこちに転がっていて、正直驚いた。
バケツに溜まっていた自らの血の量には、最早呆れた。
よく死ななかったな。
よく―――死ねなかったな。
これが全てあたしの呪いで補えたというのは有り得ないだろう。
少なからず、ポーリュシカさんは手を貸してくれているハズだ。
『それで…マスターは、』
「枯渇という魔法にやられてる。…まだ治るのには時間がかかるよ」
『……そうですか』
呪いの解呪はそこそこできるし、怪我を直せても…あたしは魔法による状態異常を治せはしない。
よいしょとベッドから出ると、軽く身なりを正して立ち上がる。
まだ中の筋肉やら神経やらは再構築されていないのか、右腕が動く気配はない。
仕方ないと言わんばかりに溜息を吐き歩きだしたあたさを、ポーリュシカさんが止めた。
「アンタ…どこ行くつもりだい」
『…ギルドに帰るんですよ』
「正気かい?そんな身体で、」
『こんな身体だから…ですよ』
「………」
『マスターの事は頼みます』
感謝とお願いと、少しの悲しみを込めて目を細めた。
くるりと背を向けたあたしの頭に、こつん、と何かがぶつかる。
突然の衝撃に転び掛けるもなんとか立て直して足元を見ると、そこに転がっていたのは――林檎、だった。
振り向き、彼女を見る。
「行きたきゃ勝手に行きな。これだから人間は…面倒に巻き込まれるのは御免だよ」
その言葉にうっかり泣いてしまいそうになるも、ぐっとこらえ、もう一度だけ『ありがとうございます』と丁寧に頭を下げた。
こんな私を人間と呼んだ。
それだけで、十分だ。
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