ill wisher


□恐れているのね
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なにも、きこえない。

なにも、みえない。

なにも、わからない。


――――――――ここはどこ?





『  あ  』





じぶんのこえがかべにひびく。

でも、すぐにきえた。


ほんとうにさびしいへやね、ここは。




まっくらで、おともなくて、なんにもない。

つめたくて、きゅうくつだわ。













名前がこの部屋に入ってから、まだ僅か2時間程度。

夜も深くなり始め、そろそろ真夜中になる頃だ。


彼女は一人、暗闇と静寂に包まれていた。


最早孤独という言葉では当てはまらず、彼女は通常の時間の流れを倍の速度で感じていた。





彼女は幼い頃から普通の人間は愚か、悪魔とも全く似ても似つかない精神構造をしている。

それは彼女が双子という事が少なからず関係していた。

弟の無感情の分の思いが名前に移ったかのよう、

彼女は周囲からの影響を非常に受けやすかった。





曰く、白い壁の部屋に入れば途端に無邪気になる。


曰く、黒い壁の部屋に入れば声を忘れ人を憎む。


曰く、赤い壁の部屋に入れば破壊衝動に駆られ血を求める。


曰く、青い壁の部屋に入れば読書を始め静かになる。






その変化は一部では高評価を受け、また一部では非難の声を浴びた。

自分がそんな感情を持っている事を気づいてから



彼女は、考える事を始めた。

周囲に成るべく身を任せないよう、自分自身で制御しようと。


或る日彼女は、兄に問いかけた。





『俺はどうすればいい?』





自分はどんな姿であればいいのか。


ただ無邪気に笑えばいい?

人を憎めばいい?

血を求めればいい?

静かに考えればいい?


それを悩んでいた。





「そうだな…強いて言うなら、私の好みの女性は魔性の女か可憐な美少女…」





アンタの好みは訊いてねえ、そう言いかけた口を閉じた。

具体的にと求めれば、彼は素直に答えた。





「私の役に立つ、優秀な秘書を演じればいいだろう?」





その瞬間、彼女は決めた。

自分はこの人の為に呼吸をしようと。

全てを尽くして従うと。





一人称を私に改め、

バシバシに伸ばしていた髪を整え、

大嫌いなデスクワークを完璧に網羅した。




自分は誰かに尽くそうと決めたのだから。




























『――――――だから言ったでしょう?末弟を侮るなと…』





ネイガウスの傷の手当をしながらそう語りかける。

依然彼の態度は変わらない。





「何故アイツを生かしておくのか…俺には理解出来ん」

『簡単な事よ。活かす方法があるからに決まっているじゃない』

「…………」


『直に分かるわ。あの方の素晴らしさが…』





きゅ、と結んだ包帯を見て彼は小さく礼を言った。

ニコリと笑みを浮かべて、私は





『次、燐様に手を出したら…貴方の命はご家族と同じ運命を辿るモノと思うことね』





その言葉を聞いた瞬間、ネイガウスは自分の隣に置いていたコンパス型の武器に手を伸ばし、

躊躇なく、私の脇腹を吐いた。

『まだ分からないんですか?無駄だって』冷たく言う私を彼は独眼で睨む。


やがてそれを抜き、振り払って血を拭う。





「…一つだけ言っておこう」

『…………』

「俺は調整後のお前が殺したい程嫌いだとだけ、な」





私はそれを聞いて口角を吊り上げた。










(恐れているのね)

(素敵だわ、その表情)

110805


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