ill wisher


□硝子玉に反射して
1ページ/2ページ







「…なんて奴や…」

「結局一匹残ってますけどね!!イミあったんか?」


『言ってる場合じゃないわ。事態の修繕を急がなければ…』





溜息混じりにそう言い、名前は前髪をくしゃりと掻き上げる。

普段晒されない額に一瞬目を奪われ、数時間前の奥村先生との行為を思い出させた。


杜山さんは、今も辛そうに息を吐いている。

このままではマズイのは明らかだ。





「…クソ…でも確かに、このままボーッとしとられへんし!…詠唱で倒す!!」

「坊…でもアイツの“致死説”知らんでしょ!?」

『私も特定は出来ないけど…屍系の悪魔は“ヨハネ伝福音書”に致死説が集中してる』





言おうとしていた言葉を言われ、更に『そうでしょ?』と同意まで求められた。

頷いて肯定すると、勿論暗記済みよと自慢された。

…名前は負けず嫌いな所が神木に似ているかもしれない。





「俺ももう丸暗記しとるから…全部詠唱すればどっかに当たるやろ!」

「全部?20章以上ありますよ!?」

「…21章です…」

「子猫さん!」


「僕は1章から10章までは暗記してます。…手伝わせて下さい」

『私も、いけるわ』

「子猫丸、名前!頼むわ…!!」


「ちょっと、ま、待ちなさいよ!」





水を注すように声を上げた神木さん。

詠唱を始めたら集中的に狙われると言う。

心配してくれてる…?言い方キツイけれど。


それでも勝呂は、そんなことを言っている場合ではないと男らしく云い放った。





「さすが坊…!男やわ。

じゃあ俺は全く覚えとらんので、いざとなったら援護します」


『カッコ良く頭悪いこといってるけど』


「む、無謀よ!!」

「さっきまで気ィ強いことばっか言っとったくせに…いざとなったら逃げ腰か。戦わんのなら引っ込んどけ」



「………………」

「子猫丸は一章めから、名前は八章めから、俺は十五章めから始める。つられるなよ!」

「はい!」

『うん』



「いくえ」








「“太初に言ありき!”」

「“此に病める者あり…!!”」

『“……彼の者は罪を謡う”』































小さい頃から、私は周囲から迫害を受けることが多かった。


理由は一つ――――――“私達”が地の王だからだ。

私とアマイモンが地の王でなければ、きっとそんなこともなかったのだろう。


双子として生を受けたことによって、力が半々に分散、お互いの力が弱まってしまった事。

それが、私の罪だった。


何故、私だけがとやかく言われるのか。

女だからだ。

人間のように性別に当てはめる事はあっても、それをあまり気にしない種族のハズなのに、

私が、地の王だから。


王でなければいけないのに、なれないから。



それが、私の   罪 、

























意識が引き戻される。

いつの間にか詠唱は終わって、坊も最後の章に入っていた。

バリケードのギリギリまで迫って、もう姿が見える屍。

大丈夫だ、間に合う…安堵するも束の間、


しえみの限界が来た。

彼女は私の予想よりも遙かに持ってくれた方で、それは当然のことだった。





『しえみ!』

「杜山さん!」





盾を失った私たちに向かう矛。

占めたとばかりに屍が襲ってくる。





「く…のやろォ…!」





志摩がキリクで押さえつけるように立ち向かう。

あんな使い方で稼げる時間など高が知れてる。

無意識に歯を噛み締めた。


もう四の五の言っていられない、





『あ……“青き炎に誓え、物質界の理に生きろ”!』

「!名前さん!?」





『“病める心を契により焼失し、如何なる力も殺さん

この世で汝、栄光を手にしたくば往生し難い覚悟と見せろ”

……“主は崇め立てられる存在であり、その存在は我の強さなる御方である”』





――――――昔、兄様に教えて頂いた特別な詠唱。

絶対に使うなと言われていたその文節を、一度だけ呟いたことがあった。


その時、知った。

絶対にと言われていた理由。





『“物質界の掟は我らの枷”

……“主よ、汝の見えざる闇を、我の敵なる者を照らす力を与え給え”』





言い終えた言葉に冷や汗を流す。

喋った後で酸欠になりそうになるけど、それを我慢して息を止める。





「しもた!!」





志摩のキリクを弾いた屍の動きが、止まる。

後は何も起こらない。

部屋にあるのは勝呂の詠唱の声のみだ。




虚無界の者…悪魔の身体の自由を奪う文節。

それは例外なく屍に…私にも襲い来るモノで。


隙のない激痛が、全身に走る。





「名前さん…?」

『――――――…』





この詠唱の効果は、私が呼吸を止めている間。

こねこまるの呼びかけに何も答えられず、私はただ屍から目を逸らさない。


早く、早く詠唱終われ――――――――





「…“稲荷神に恐み恐み白す…!”」

『!』


「“為す所の願いとして成就せずということなし!”」





さっきまで後ろの方に居た神木さんが、使い魔を呼び寄せる。

白狐。

昨晩、彼女が呑まれた相手だ。




,

次へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ