ill wisher


□朧月夜に光る星
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何が起こった。

電気が消えた。

人間の文明の象徴であり、この世界になくてはならないもの。





(分からないわ)





一瞬、本当に一瞬だった。

それが触れていたのは1秒あったかなかったかだ。

ただ体勢が崩れてぶつかっただけなのかもしれない。


そう思いたい。





『―――――――』





何故かとてつもなく大きな不安が私を覆い、思わず手探りに這って壁にまできてしまった。


怖い、怖い…

暗闇よりも、この不安が怖いの。

分からない、今この時間は何?


膝を抱え込んで思わず涙を流した時、




微弱だけれど、確かな明かりが灯った。

志摩が気転を聴かせて携帯を開いたことで、各々が携帯を開く。





「あ…あの先生電気まで消していきはったんか!?」

「まさか、そんな…」

「停電…!?」



「いや、窓の外は明かりがついてる」

「どういうこと?」



「…名前!?」





燐が…誰かを呼んでいる。

ああ、違う、それは私の名前…





『りん…』

「ど、どうしたんだ!?大丈夫か!?」





心配かけちゃいけない、私は彼を守る為にいるんだ。

兄様にもそう言われてるんだ、しっかりしなくちゃ、この私が。





『ま…まっくらが、怖くて、…』

「そ、そうか……」

「名前さん泣いてはりますけど…そない怖かったんですか?」





こねこまるに言われて頬を拭うと、確かにしずくが伝っていた。


――――泣けたのか、私。









改善しない事態を前に、再び気転を利かせた志摩。

立ち上がって、扉へと進む。





「廊下出てみよ」

「志摩さん、気ィつけてナ」

「フフフ…俺、航言うハプニング、ワクワクする性質なんやよ。リアル肝だめし………」





ギィ、と軋む音を立てながら扉を開く。

暗闇にも関わらず、「それ」の姿はハッキリと見えて。

誰も何も言わなかった。

開いた扉を志摩が再び閉めて、まるで言い聞かせるかのように、





「…なんやろ、目ェ悪なったかな…」

「現実や現実!!!!」





と、間を置かずに扉が突き破られる。

低い声で唸るそれは、昨日も現れた屍だった。


思い出すだけでイラつくそれを再び目の前にして、私は反射的に身を屈めた。





「昨日の屍…!!」

「…!」

「魔除け張ったんやなかったん!?てか足しびれて動けな…」





頭部の部分を膨張させた屍は、質量に耐え切れず破裂。

体液やらが激しく弾け飛んで、私達に降りかかる。

この人数はマズイ…全員を庇いながらは辛い。



と、まるで私の心の声が聞こえたかのように、しえみの使い魔が身体から大きな木のようなモノを出す。

すごい勢いで成長し、やがてそれは大きなバリケードを生み出した。





「す…すげぇ…」

「ありがとね、ニーちゃん!」

「二ー!」

『助かったわ、しえみ』





ホッとして緩んだ気を叩き、向こうで暴れているであろう屍を視る為に目を凝らす。

大丈夫…このバリケードがあれば、きっと私一人でいける。


すると、此処で予想外の出来事が起きた。





「……あれ?……くらくらする…」

「しえみ!?」

「あ、熱い、」





咳き込んだりして、体調不良を訴え始める。

何ともない私はみんなをキョロキョロと見渡す事しかできない。

燐も何ともないようで、みんなを心配している。





「え!?…皆どうした?」

「さっきはじけた屍の体液被ったせいだわ…あんた達…平気なの!?」


「………」

『……私は厚着してるから』





なるほど、合点がいった。

私と燐には害はない…それはそうだよね、純粋でなくとも悪魔だもん。


今日は普段より更に露出の少ないゴシックドレスだったから、

顔の体液をバレないようにサッと拭い、何食わぬ顔でそう言う。





(しえみの体力の限界…屍の体液を加算したらきっとすぐだ)





そうなる前にどうにかしなければ…

焦る私の横で、燐が雪男に電話をかける。

勿論都合よく繋がるハズはなく、応答はなかった。





「すごい勢いでこっち来てる…!」

「屍は暗闇で活発化する悪魔やからな…」

「ど、どうするよ!」


「…………!!――――2匹か…!」





バキバキと音をたてて木を破壊し進む屍の数を確認した燐が、覚悟を決めたように言う。





「俺が外に出て、囮になる」

『!』

「2匹ともうまく俺について来たら何とか逃げろ」

「!?」


「…ついて来なかったら、どうにか助け呼べねーか明るくできねーかとかやってみるわ」

「……バ…バカ!?」

「はァ!?何言うとるん!?」





神木さんも勝呂も、止めるよりも半ば呆れがちで燐を見た。

木に脚をかけた彼を止めるにも止められず、





「俺のことは気にすんな。そこそこ強えーから」

「バッ、おいッ!」


『なりません燐様!!』





やっとの事で振り絞った声に乗った感情は、焦りと怒りだけだった。

何を言っているのだろうこの人は。

自分の立場をわかった上での言葉とは思えない。


軽く睨む形で見つめると、彼は一瞬キョトンとした。

それはそうだろう。

この私が自分に向かってこんなにも力強く声を出す事はなかったのだから。





「……名前」

『御自分の力量の問題ではないのです、貴方に何かあったら、』





どうするんですか、と続けようとした私の頭に、何かがのっかる。

燐の手のひらだ。

その瞬間、私の頭にかつての痛みの三倍という言葉を思い出させた。


でも――――反射的に目をつぶった私の頭に走ったのは、痛みではなかった。

頭を、撫でられてた。





『……へ?』

「大丈夫だって。心配すんな」





じん、と胸に詰まるモノがあった。

兄様意外に…人間に頭を撫でられるなんて何時振りだろうか。


そこまでされてしまえばもう私は止める術を知らず、どんどん奥に進んで行く燐様に





「奥村!!戻ってこい!!!」






『――――――いって、らっしゃいませ』





そう言う以外なかった。








(朧月夜に光る星)

(頼りは貴方だけ)

110731

 

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