ill wisher


□かつて不幸な青年がいた
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二度目になるかもしれないが、もう一度断っておく。

私は、魔印の授業が大嫌いだ。


だって、そうでしょう?


私は本来、“召喚される側”だし、

何より担当講師がネイガウスなのだから。





「この魔法円のぬけている部分を前に出て描いてもらう。…神木」





ああ、神木さんが当てられた。

まあ彼女なら簡単だろうと思っていると、中々彼女は前に出てこない。

不思議に思って振り返ってみると、頬杖をついてぼーっとしている神木さんの姿が見られた。





「神木!」

「!!、あ…すみません、聞いてませんでした…」

「どうした、お前らしくもないな」





珍しい、そう一人で嘆息していると、彼女は悔しそうに一瞬顔を歪めた。

どうやら昨日から調子が悪いらしい。




二時間目の聖書:教典暗唱術の授業もそんな感じだった。





「大半の悪魔は“致死説”という死の理…必ず死に至る言や文節を持っているでごザーマス。

詠唱騎士は“致死説”を掌握し、詠唱するプロなんでごザーマスのヨ!」





詠唱騎士を目指す私はこの授業を真剣に聴いていた。

報告書まとめや資料整理で培った板書や文章のまとめ方は伊達じゃない。


因みに、私は席を移動している。

京都組の3人が詠唱騎士を目指しているそうなので、志摩の隣にお邪魔していた。





(あれ、そういえば私…自分の致死説、知らないかも)


「では、宿題に出した“詩篇の第三〇篇”を暗唱してもらうでごザーマス!

神木さんお願いするでごザーマス」





再び当てられた神木さんが立ち上がり、思い浮かべるように目を閉じて詠唱を始める。

…が、

途中から途切れがちになり、遂には言葉を失ってしまった。





「ザーマス?」

「あ…あの…忘れました」





またまた珍しい!

彼女が今まで二度も、いや、一度でも授業で失敗をしたことがあっただろうか?





「ンまぁ〜神木さん、貴女がめずらしいでごザーマス。では、代わりに…勝呂さん、名前さん」

「はい」

『はぁい…って、二人?』


「貴方達二人なら、どちらか完璧にできるでごザーマスでしょう?」





なんともまぁ曖昧な匙加減だ…

前の席に座っていた勝呂がチラリと私を見てきたので、自身満々に頷いて見せた。


勿論、私は完璧に覚えているとも。





『…せーのでいく?』

「うお、おお…マジか」


『おお、マジだ。…せーの、』





『「…“神よ、我汝をあがめん 

汝我をおこして我が仇の我ことによりて、喜ぶを許し給わざればなり”」』





子供みたいに一緒に読む。

流石だなあ、勝呂…完璧じゃないか。

感心しつつ彼から視線を離し、俯いて目を閉じた。


長い長い詠唱…確か、4行だったかな。

行数はうる覚えだが、文章は完璧に暗唱しているという自信があった。





『「“我が神よ、我永遠に汝に感謝せん”」』





読み終えた所でまた勝呂が振り返った。

そして、まるで悪戯が成功した子供のように、笑った。


さっきまでの何かしたかもという不安は消え、私も笑顔を返して手を開いて出した。

間を置かず、ハイタッチが交わされる。





「スゲー!!」

「素晴らしいでごザーマス、お二人共!完璧でごザマス」


「お前等、本当に頭良かったんだな」

「本当にって何や!?」

『…酷いわ、燐』





チャイムが鳴ってからもプチショックを受けている私の背中に抱きつくよう、志摩から襲撃を受ける。

柔らかいお香の匂いがふんわりとしてきて、一瞬頬が緩んだ。





「すごいねえ、勝呂くんも名前も!びっくりしちゃった」

「いやいや、惚れたらあかんえ?ええけど」

『どっちよ、それ…』


「てか坊やなく俺にしとき。やさしくするし?」

『志摩、ちょっと暑い……』



「坊のは頭いい違おて、暗記が得意なんですよね」

「コラ子猫丸?それ、つまり頭いいゆうことやろ?しばかれたいんか?」

「あ、はい」





ああ駄目だ、香りに酔いそう……特殊なお香なのだろうか。

ふわふわした夢心地でいると、足から力が抜けて、ガクリとその場に倒れ込みそうになる。


それを志摩が支えてくれて、抱きしめられた感触に我に返った。




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