ill wisher


□彼女は辛い時に笑うらしい
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いつものように教科書やらノートやらを持って、雪男に言われた旧男子寮に向かう。

疲れが酷かったので、無理言って途中参加させてもらう事にした。





『こんにちは』

「あ、名前ちゃんや。いらっしゃい」





真っ先に声をかけてくれたのは志摩だった。

その後遅れて燐や皆が挨拶してくれて、自然と笑顔になっていく私。





「名前さん。早速ですが、今から小テストをします。どうぞ座ってください」

『はぁい』





机の端に座って筆箱を出すと、間もなくプリントが回された。





「時間は40分。…では、初めてください」





もう同じヘマはしない…今日はちゃんと日本語で書く。

軽快にシャーペンを走らせている中チラリと周りを見ると、燐の頭が暴発寸前に見えた。

私が来る前から、きっと雪男にビシバシやられてたんだろうなあ……。


思わず一瞬笑みが零れたが、それを堪え、再び設問に向き合った。


























「…はい、終了。プリントを裏にして回してください」





今日はここまでと告げた雪男の声が最早救いだった。

パンク寸前の思考をなんとか保ち、俺はフラフラとした足取りで風の当たる場所を探した。

こんなに頭を使うようになったのは、高校に入ってからだ。


窓から半ば身を乗り出すようにして涼んでいると、突然肩にポンと何かが乗った。

何かと思って振り向こうとすれば、頬に誰かの人差し指が触れる。





「………名前」

『あはは。お疲れ、りん』





俺の肩に手を乗せ、ひっかっかたなと言わんばかりの表情で笑っている名前がいた。





「風呂行かなくていーのか?」

『私、皆と一緒には入れないから』

「?」


『ね、ちょっとそこの売店まで散歩にでも付き合ってよ』





その一言を聞いて、俺は成り行きで名前と隣合わせで歩き始めた。

もう日は落ち始めていて、外は暗い。

街灯や住宅地から漏れる照明の光がなければ、きっとまっすぐ道に沿って歩けないと思う。





『思ったよりベンキョー頑張ってて驚いたわ』

「うるせー。俺はこれでも真面目にだな、」

『やる気だけは認めるよ。結果は上々じゃなさそうだけど』

「う…ッ」





他愛もない話をしながら売店に到着。

『付き合ってもらったお礼』だとか言って、名前はバナナ牛乳を買ってくれた。


因みに、名前はイチゴみるく。





『いつか皆とお風呂入りたいなあ』

「?入ればいいだろ?」

『無理だよ。………あ、燐はいい、のか』

「ブフォアッ!!?」


『ちょ、バナナ臭が、』





とんでも無い事を口にするから、思わず飲んでいたバナナ牛乳を盛大に噴き出す。

名前はハンカチを取り出して、背伸びがちに俺の顔を拭ってくれた。


………変な気分。





『あ、私筆箱とか片さないできちゃったから、一回部屋戻んなきゃ。着替えもないし』

「マジかよ…。俺は風呂行くからなー」

『了解。間違えて女湯覗くなよ』





そう、冗談とも本気ともとれる念を押され、俺は行き慣れた風呂場へ向かっていた。

しかし、この寮に俺と雪男しか住んでいなかったとは思わなかったな……どうりでいつも貸切風呂なワケだ。




別に覗くつもりなんてこれっぽっちもないが、男湯に行くにはどうしても女湯の前を通らなければいけなくて、

そんなこんなで俺は方角的には女湯の方へ行っていた。





「―――――しえみ、なにやってんだ」





女湯の前で一人ポツンと立っていたしえみに声をかけると、

しえみは目も合わせずに「なんでもない…」と告げ、フルーツ牛乳を買ってくるとかどうとか言い始めた。

走り出したソイツの腕を掴んで引きとめ、





「おい!」

「な、なに…?」

「お前…それ、やめろ!」

「それって?」

「だからパ…、使いっ走りみてーのだよ!変だろ!!」





ずっと思っていた事を、思い切って言ってみた。

最近のしえみはずっとこうだった。

まろまゆにいろいろ言われてもちゃんと従って、アレは誰がどう見てもパシリで、





「使い走りじゃない。友達を助けてるんだよ!」

「助けてねーよ!!…お前、本気でそう思ってんのか?思ってねーだろ!」


「…私は、もう誰かの後ろに隠れて助けられるばっかりなんて嫌なの。私だって……」





どんどんと声が小さくなっていったしえみは、やがて決意したように俺を見て、





「誰かを助けられるくらい、強くなりたい!

だって、はじめてできた友達なんだもん」





そう、ハッキリと言った。

今まであまり強くモノを言う事のなかったしえみが、だ。





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