ill wisher


□水面も底もない海に沈む
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『……という事があったのです』

「……取り敢えず、お疲れ様」





最終確認の書類を担当の雪男にチェックしてもらい、漸く、私の仕事が終了。

一連の流れを話すと、彼は休憩がてらお茶しないかと言う。勿論奢り。

今日はもう塾に行く気にもならないので、雪男の次の授業までお言葉に甘える事にした。





『雪男は、どう?先生って言われるのには慣れた?』

「まだ微妙。兄さんは敬語も使ってくれないし」

『あはは。燐らしい』





近くの自販機で買ってくれたミルクティーを握り締め、二人でベンチに座る。

もう桜の姿は皆無と言っていい程見られないが、この辺りは4月に桜がたくさん咲く。

少し間が空いた後、今度は雪男から口を開いた。





「名前は、やっぱり塾より仕事を優先しなければいけない?」

『うーん…そう、かな。お兄様の場合、放っておくとバチカンへの報告も何もしなくなっちゃうから……』





あの人はまるで上層部を恐れていないから、それが困り物である。

燐が入ってからは偽装とかしなくちゃいけなくなって、更に色々大変で。

ちょっとくらい手伝ってくれてもいいじゃないか。


そんな思いが顔に出ていたのか、隣の雪男がクスクス笑っていた。

それに少しムッとすると、彼は笑いながらごめんごめん、と謝ってくれた。





『……候補生、かあ』

「?」


『いつも見ていた祓魔師を、自分が目指すなんて考えてもみなかったわ』

「僕はてっきり、もう資格を得てるのかと思ってたよ」

『だって、私は基本部屋の中だし、もしもの時の銃火器の扱いは一応心得てるし』

「自ら悪魔を倒しには行かない、ね」





そもそも、私には悪魔を倒す理由がない。

燐や勝呂のようにサタンをあれ程憎んでいないし、何か役目が有るわけでもない。

だから祓魔師に思い入れがないのだ。





『何はともあれ、私が貴方の兄上を裏切る事はまず、有り得ないわ』

「……そう」

『お茶、御馳走様。元気出た』





小さく手を振って、私は珍しく鍵を使わずに徒歩で帰った。

アプリコットのコロンを枕に一吹きして、私はそこに顔を埋めた。














息が酷く詰まる。

水もないのに溺れてしまいそうだ。

どうしてこんなに疲れるのだろうか。

考えれば考える程苦しくなって、喉元に手が伸びた。







(水面も底もない海に沈む)

(…此処は何処?)

110726

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