ill wisher


□水面も底もない海に沈む
1ページ/2ページ







「夏休みまで、そろそろ一ヶ月半を切りましたが、

夏休み前に今年度の候補生認定試験があります」





「――――――エスクワイヤ?」

『候補生(エクスワイア)よ』


「…そこで、来週からの一週間、試験のための強化合宿を行います」





これが始まったと言うことは、私の仕事は認定試験の報告書を書くまで…

つまり、候補生認定試験が終了するその時まで、仕事がない!!(お休み!!)


思えば辛かった徹夜の日々…この間の悪魔薬学のテストのような事をその後2回もしてしまったり、

勝呂に言われてあれからちゃんと塾と学園に顔を出すようにすると、どうしても作業が夜になって……





(今日からは少なくとも10時には寝れる……)

「合宿に参加するかしないかと…取得希望“称号”をこの用紙に記入して、月曜日までに提出してください…」



「マイスタ――――?称号って…、」

「え?」

『どうしたの、燐』



「やっぱいいや」





確かに何かを言いかけた燐は、結局何も言わずにとことこと京都三人組に近づいていった。





『…ねえねえ、杜山さんは合宿、参加?』

「え!?あ、あの、その…しえみでいいよ?」

『あ、じゃあ私も名前でいい。ね、どうするの?』


「…多分、行く…かな。授業もみんなより遅れてるし…」

『熱心だね。やっぱり称号は奥村先生と同じ医工騎士?』

「そ、そんな雪ちゃんと一緒だなんて…!まだ決まってないよ!」





何だか、女の子ってカンジの雰囲気だ。

曲がりなりにも、一応雌としての性別の私だが、所謂“がーるずとーく”というのは楽しいモノだった。

顔を赤くしたままのしえみは、





「そういう名前…は?もう決めてる?」

『第一候補は詠唱騎士かな。余裕があれば竜騎士も』





すごいと関心されてしまったが、竜騎士は今まで銃火器を使っていたから慣れっこなのだが…

詠唱騎士は、半分以上が好奇心だ。













魔法円・印章術の授業は、私の苦手なネイガウスの担当だった。

兄様とコソコソ何を企んでいるのか知らないけど、不気味なことこの上ない。





「悪魔を召喚し、使い魔にすることができる人間は非常に少ない。

悪魔を飼い慣らす、強靭な精神力もそうだが、天性の才能が不可欠だからだ」





あれ、それって自分は出来るみたいなさり気自慢?

そう思う私とは正反対の顔で、ネイガウスは屍番犬を召喚した。

周囲を硫黄の香りが囲む。





「今からお前達に、その才能があるかテストする。

先程配ったこの魔法円の略図を施した紙に、自分の血を垂らして、思いつく言葉を唱えてみろ」





これを私が行うととんでもないモノが召喚されたのは実証済みなので、やったフリをして終わる。

紙を握って溜息をつくと、背後から涼しげな声が聞こえた。





「“稲荷神に恐み恐み白す。為す所の願いとして、成就せずということなし!!”」

『あ』





神木さんが召喚したのは、白狐。それも、2体。

実力そのものは中級以下であるが、才能は凄い。

会話から聞くに、彼女はどうやら巫女の血統らしい。



と、今度はしえみが緑男の幼生を召喚したらしい。

小さくて可愛い、私でも珍しいと感じる小さな緑男が彼女の肩で笑っていた。


目が合うと、彼は小さく私に頭を下げた。





「今年は手騎士候補が豊作なようだな。

悪魔を操って戦う手騎士は祓魔師の中でも数が少なく、貴重な存在だ」





悪魔は、自分より弱い者には決して従わない。

自身を失くしたものには襲いかかる。

もし危険を感じたら“紙で呼んだ場合”は、紙を破る。


それが重要なのだという。





『(しえみが飲み込まれる事はないと思う…あの緑男も、気性は穏やかそうだし)』





笑顔で見守っていると、ネイガウスが肩を叩いきた。

と、皆に見えないよう顔を近づけ、耳打ちする。





「フェレス卿から伝言だ。

“この授業の後、部屋に来い”だ、そうだ」


『……ええ、分かったわ。御苦労様』





彼は何も言わず、いつもの表情だった。

が、私には笑っているのが分かった。




























『――――やり、直し……!?』

「そうだ。認定試験実施許可の申し出の書類に、一部不備があった」





私は今日、生まれて初めてミスをした。

しかも、何100年もやってきたこの仕事でだ。

それはとても屈辱的な事で、言い過ぎかもしれないが……死にたくなった。





「そこからズレが出て、結局全てやり直しになっているぞ」

『そんな………』

「せっかくの短期休暇中悪いな」


『いえ…私のミスのせい、なので……。

……ご迷惑をおかけしました』





今から仕上げようとするなら、やはり学校を休むしかないか……。

少なくとも塾だけは顔を出そう。

兄様に手渡されたやり直しの書類を見て、私はげんなりして部屋に戻った。





,

次へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ