ill wisher


□彼女は独りが好きだった
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『――――――新入生、ですか』

「奥村雪男の手配だ。今日から杜山しえみという生徒が通う」





私がそう言うと、名前は一瞬だけ顔を顰めた。

どうやら気に入らないらしい。





「不満か?」

『…奥村先生の手配ということは、少なからず奥村燐と関わっているのですよね?』

「御名答。彼女の魔障を払ったのは奴だ」





眉を顰めて溜息を吐いた名前の口を塞ぐよう、口付ける。

僅かに驚いたようだったが、彼女は大人しく私に応じ始めた。





『…ふ……ですから、ん、』

「……何だ?」

『んう…燐の事が……はぁ、知れた時、傷つ…っく人が増える……』


「フン…優しいな、名前は」





口を離した時に途切れがちに言葉を繋ぐ。

一際長く名前の口内を堪能した後に離れると、力が抜けたかのように彼女はその場にへたり込んだ。

その様子を見て、思わず笑みが零れた。





『…ですから、あまり私は賛成しません、けれど』

「手駒を増やすのはいいだろう?」

『私はお兄様には反論致しませんわ』





髪を指に絡めて首筋を撫でると、名前はそれから逃れようと身を捩った。

私のともアマイモンのとも、ましてや奥村燐のとも似つかないその美しい髪色と顔立ちと、甘い香り。

…思わず理性を飛ばしそうになる。





『ですが、私…今日は学園も塾も、お休みを頂きたいと…』





情けない事に、資料の整理が追い付いていないのです。

そう申し訳なさそうに告げた名前に構わないと了承し、今日は一日部屋でいつもの仕事をさせることにした。
























兄様に許可を頂いた後、私は部屋で一人黙々と資料まとめと報告書を仕上げていった。

…が。





(おなかすいたなー……)





一度そう思ってしまうと中々忘れられず、私はそれから空腹との格闘を強いられた。

万年筆を動かしては、止まってお腹をさする。

頭を振ってそれを忘れて、水で誤魔化す。



それを繰り返すうちに、限界が来た。





(ちょっと“こんびに”にでも行ってこようかな)





部屋着からいつものゴシックドレスに着替え、日差しを考えレースで縁取られた日傘を持つ。

扉から出ると方向が逆なので、部屋の窓から飛び降りることにしよう。

高さは約6階相当。

今の私には辛いかもしれないが、まあ痛みも少ないだろう。





『1(アインス)、2(ツヴァイ)、3(ドライ)♪…なんて』





3ステップで窓から飛び降りると、重力がかかってまっすぐ降下する。

フワリと浮くような感覚を感じたのは一瞬で、すぐに地に脚が着いた。

脚に痺れるような痛みが走った。





「…名前さん…!?」

『――――――――えっ…』





名前を呼ばれるとは思ってなくて、それは言ってみれば―――――不意内だった。

声のする方向を見ると、そこには塾で見かけた顔の人がいた。





『…志摩様…でしたっけ?』

「あ、あァ、はい……」

『あの、鼻血出てますけど…御気分が優れないのでしょうか?』


「いや、その…(パンツ見えたなんて言われへんし…)ハハ……」





気にせんといてください、そう言った志摩にハンカチを渡すとキョトンとされた。





「へ?あの…」

『お使いになってください』

「イヤイヤイヤイヤでも、」

『それでは急いでおります故…御機嫌よう』





空腹に胃がキリキリと締め付けられるような痛みを感じ、急いでその場を離れようとする。

と、志摩に利き腕を取られて思わず立ち止まってしまった。





「なあ、名前さんさっき何処から、」








くぅー。








「え?」

『…………っ!!!』





小さいけれど確かに鳴った私のお腹の音を、彼は聞き逃さなかった。

隙を見せてしまった自分への不甲斐無さと恥ずかしさで思わず俯いてしまうと、志摩に握られている腕を引かれた。





「お腹すいてはるんでしたら、ハンカチのお礼に何か奢ります」

『い、いえ…結構です…』

「そんな遠慮しなさらんでよろしいのに…」





此処でまた言い争ってしまっても、お腹が空くだけだ。

私は観念して彼に引かれるままに歩きだした。










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