ill wisher


□美しき荘厳なあの炎は、
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あまりにも、呆気ない。

曲がりなりにも血を分けた兄弟だろう?

どうしてそんな言葉が、そんな平坦な表情のまま、何故、





『……兄様』

「なんだ?」

『私、弟にあんなこと言われたら死んじゃうかもしれません』

「安心しろ、アイツはお前にそんなこと絶対に言わないさ」





シスコンだからな、と言ってくつくつと喉を鳴らして兄様は笑った。

シスコン…か。なら私はブラコンなのかもしれない。


雪男の言葉に目を見開いた燐は、段々とイラついた口調に変わっていった。

悲しみよりも、何処か怒りが勝っているような。





「…なんだと…お前…!ジジィが死んだのは……まさか…

俺のせいって思ってんのか!!」



「違うっていうの?」

(違う)



「神父さんはずっと兄さんを守ってきた…!」

(そう、ずっと、ずっと…)



「僕は、それをずっと見てきたよ」

(勿論、私も)





世界中で唯一サタンの憑依に耐えられる可能性を持っていた。

その為常に身体を狙われていた。それを強靭な精神で防いできた藤本神父。


私は、それをもうずっと見ていた。

雪男が祓魔師になるその前から、私と兄様は。





「神父さん、最強の祓魔師だった…!」





精神的にも、実力でも、全てに置いて優れていた祓魔師だった。

それがあんなに簡単にサタンに憑依をされて。

その疑問は雪男とつながっていた。





「あんな形でサタンの侵入を許す事はなかったはず

…何か精神に致命的なダメージでもない限り」


「…………!!」

『燐…何か、言ったの?』

「お…俺は…」


「神父さんに弱みがあるとしたら、それは…兄さんだ」


『燐……』





私が名前を呼ぶのと、雪男が銃口を燐に向けるのはほぼ同時だった。

彼と同じように弟を持つ身としては、この状況が辛いのはよく分かる。


戸惑っているようだった。





「兄さんが、神父さんを殺したんだ」





いきなり父親が死に、そして自分が人外だと知らされ、

そして今度は弟に銃を向けられる。


――――――なんと悲しいかな。





「……俺は…、お前の言うとおりバカだから……何とでも言え…!

だけどな……



兄に銃なんか向けてんじゃねぇ…


兄弟だろ!!!!」



『!!』





燐が降魔剣を抜いた瞬間、


ぞわぞわと全身の毛が動くのが分かった。

服の中で隠してる尻尾がぴくんと揺れた。


ダメだ、我慢が出来ない。


すくりと立ち上がって、糸に引っ張られるように燐へと歩み寄る。





「兄さん」

「いいか……俺はジジイを殺してなんかいない!」



『う…あぁ……』

「…名前、落ち着きなさい」





隣で兄様が呼んでる。

そんなの今はどうだっていい。

目の前の青く美しい炎にただただ酔いしれていた私には何も聞こえない。






「撃って気が済むなら撃ってみろ!!」

「!」


『嗚呼……』


「撃て!!!!」





刀を構えて真っ直ぐ雪男に向かっていた燐が捉えたのは、

その背後の鬼だった。

斬られた鬼は青い炎を纏って倒れて行く。





『お兄様…ご覧になってくださいませ。

あの美しき炎を…

あのお強い我らが末の弟の背を……!』


「少し落ち着きなさいと言っているだろう、名前」





兄様がそう言った後、鳩尾に熱を感じ、目の前が瞬いた。

瞼が、酷く重くなっていく。





「ただ、俺は…強くなりたい。

俺の所為で誰かが死ぬのは、もう嫌だ!!」





燐の強い声が、聴覚を通って脳に伝わり、私を温めていく。






(美しき荘厳なあの炎は、)

(きっと独りで泣いていた)


110719


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