ill wisher


□春桜の音を聴く
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『ねえ、りん』





さっきお互いに名前で呼ぼうと決めたばっかりなのに、

急に名前にそう言われて、顔が火照ってくるのが分かった。

壇上に上がった雪男をじっと見つめる名前に返事をすると、





『雪男はベンキョー出来る人だったね』





なんか変な日本語でそう言われた。

出来る人“だったね”?

違和感を感じつつ、俺も雪男に目をやった。


大講堂の中は、雪男と視線が合うなんて事はあり得ないような人の多さだった。










「おまえ……しょうらいおいしゃさんになりたいの?」


「あ!あ…あの…」


「スゲェ!かっけぇ〜!おまえあたまいーもんな〜。ぜってーなれるよ!!!」


「………そうかな……」


「そうだろ!!」











体が弱くて、いじめられっ子で、泣き虫で。

自分の夢もロクに言えなかった雪男が…





(そうだ、雪男は医者になるんだ)





弟に心からの拍手をして、俺は名前の方へ向き直った。





(あんな世界に巻き込むことない)

『そろそろかな…行こう、燐』





スッと手を引かれ、止まっていた脚が動き出しす。

名前はコツ、と渇いた足音を響かせ細かな歩調で歩いていた。

―――まるでその音は、骨と骨をぶつけたような何処か気味の音だった。





(これは俺の問題だ)

『…りん?どうしたの?』

「なんでもねえ…」



『一応、私は燐の学業生活及び私生活の補助。何かあるなら迷わず言って』

「だから、なんでもねーって!」





思わず大きな声を上げると、名前は驚いたようで掴んでいた俺の手を離した。

容姿も手伝って、しまったという気持ちを倍増させた。

小さいガキをいじめてる気分だ。





『………の…為に…』





道脇の桜並木の花弁が風で舞い上がる。

風音が声を遮り、花弁が名前の姿を隠した。





「……なん、て?」

『なに、も』

























「お待たせいたしました」





一瞬、意識が飛んでいた感覚だった。

ハッとして声のする方を見ると、兄様が街灯の上に座っていた。





『にー、さま…』

「祓魔師にはどうやってなるんだよ」


「…やる気満々で大変結構ですが、何事も段取りを踏まねば。

貴方には、とりあえず塾に通って頂きます」


「塾!?」

『祓魔師の塾。そこで“祓魔訓練生”として悪魔祓いを学ぶの』


「……随分名前と親しくなったようですねぇ、奥村くん?」





そう言って意地悪く笑った兄様。

私を一瞬見てから兄様は燐に何やら耳打ちした。





「名前は周囲の影響を大変受けやすい娘です」

「は?」


「彼女の精神状態には常に注意してください」

「…ど、どういうことだよ?」


「甘やかしてもダメ、無理強いもしてもダメですからね」





何を言っているのかさっぱり聞こえない。

風の音も邪魔だ。


と、突然指をずびしと燐に向けた。

もう内緒話ではないようだが、やっぱり距離と風のせいで、うまく聞こえない。





「……努力するよ」

『?…何を?』


「…結構です。

しかしね、やや心配なので今回は私も見学させていただきますかね」


『兄様!燐には私がついておりますから、』





大丈夫です、と続けようとした私の唇に兄様の人差し指が宛がわれた。

感触を楽しむかのように数回撫でた後、強く押される。

痛みで僅かに眉をひそめた。





『…ごめんなさい』


「よろしいです。

1(アインス)、2(ツヴァイ)、3(ドライ)♪」





(!?)

「では、参りましょう☆」







(春桜の音を聴く)

(きっと彼は聴く事が出来ないだろうが)



110703

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