ill wisher


□春桜の音を聴く
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ピンク色は好きだ。

甘いお菓子も、ジュースも。


だから、兄様の車は大好きだった。





『修道院までお願い』

「承知しました、名前様」


『様はいらないよ』





気前よく車を走らせる運転手の顔など伺えないような車で、私はビスケットを頬張る。

チョコチップのはこの間弟に食べられてしまったので、仕方なくプレーンのを。


意外にも信号などで止められる事なく修道院へ到着した。





『お待たせしました、お兄様』

「いや、ピッタリ時間通りの到着だ。ご苦労」


『奥村のご兄弟も、お早うございます』


「おはようございます、名前さん」





挨拶をしてくれたのは乗り込んですぐ勉強し始めた弟の方で、

兄の方はまだ整理がついていないような表情を浮かべていた。

それを余所にポップコーンに手を伸ばしていると、兄様が手を置くみたいな体勢で頭を撫でた。

今日は髪を結っているんだが。





『お兄様、レディに対してその扱いはどうかと?』

「レディ?…嗚呼、失敬」


『………ご兄弟、学園が見えて参りました』





意地の悪い反応をした兄様を無視し、私は二人に語り掛ける。





『当学園は、あらゆる学業施設が集約されている正十字学園町の中心になります』

「ようこそ、正十字学園へ」





窓から眺める壮大な街づくりを前にほう、と息を吐いた。

中世ヨーロッパの面影があるような、それでいて現代文明の発達がよく見える。





「おっと、奥村くん。制服を忘れてました」

「どわっ」

「車内で着替えてください。…名前も、早く」

『はい』





下りかけていた身体を止め、その場に再び腰を下ろす。





『……燐様、着替えにくいですか?』

「え、あ……」


『正直に申して貰って構いませんよ。私は車両の前の方で着替えて参ります』


「お、お前も、この学園の生徒なのか?」





不意打ちの質問に数秒間を空けてしまった分を詫びるように、私は笑顔を作って、





『学業生活において、燐様の助けをと…ご迷惑でした?』

「いや、てっきり年下かと……」





容姿の年齢的には確かに下だが、生きてきた年数では多分私のが上、言い掛けて愛想笑いを浮かべる。

今更だけど、この人は入試なしで入学して勉強についていけるのだろうか。





「名前、式が終わったら彼に案内を」

『存じておりますわお兄様。それでは燐様、お急ぎ着替えを』





それだけ言って早々に扉を開けて、外から前の方へ移る。

この学園の制服は正直あまり好きじゃないんだけどな……。

本当、あのコよりも世話のかかる弟だ。

いや、兄様が世話を焼き過ぎてるのかな。





(大事な大事な“武器”だからかな)





そんな事を考えていると、ぼーっとしていたせいで折角緩めたコルセットをまた締めていた事に気が付いた。






























『すみません、お二方…お待たせ致しました』





あの胡散臭いピエロを「お兄様」と呼ぶワリに、この女はしっかりしてるなと思った。

どことなく雰囲気は似ているが、言われなければ兄妹だと気付かないかもしれない。

……俺と雪男も、多分人の事言えないが。





「いいえ、気にしないでください」

「おう。つか、お前…名前、だっけ?」


『は…、何でしょうか?』





俺の言葉に一瞬だけ戸惑ってから微笑してそう訊く。

柔らかい表情に思わずキュンとした。





「その…敬語とか様とか、直せねー?」

『…すみません、理解に至りませんでした。もう一度お願いします』


「だから、同い年なのに変だろ?そういうのさ……」





助けを求めるようチラリ雪男を見ると、流石弟、

それだけで察したようで、ニコリと笑ってから





「そうですね。僕も人の事言えないんですが…様は、ちょっと、」

『それでは、“同学年の人に対しての敬意を和らげる”という命だと理解するのでよろしいですか?』

「え、えっとだな…」

「はい、それで正しいですよ」





意味を中々呑み込めなかった俺を置いて、雪男は淡々と答えた。

と、そう雪男が言った直後、


名前は丁寧に前に手を組んで持っていた小さめの鞄を片手に持ち変えた。





『凄く助かる。兄様にも皆にもコレだと疲れるから…』

「……そんなに無理してたのか」

『私、兄の秘書やる前は一人称“俺”だったもん』





にへら、と気の抜けたような笑顔を向ける名前は、さっきまでの冷静な雰囲気とは別人のようだった。

容姿的には美少女という言葉が擬人化したような奴なのに、心の奥でひっそりと思った。





『奥村の弟君…じゃない、雪男も、私には敬語もさんもナシね』

「うん。…努力するよ」

『私も。クセかな、これ』






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