ill wisher


□過去に囚れ未来を求める
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ただ、凛と。


足音さえ立てない彼女はまるでこの世の者ではないかのように―――美しい。

滑らかかな動きで私の机にお茶と和菓子を置く白い手に思わず噛み付きたくなる程に。





『―――お兄様』




私の事を兄と呼ぶまだ幼い少女は、手を前で組み、礼儀正しく




『聖騎士の藤本獅郎様が亡くなりました』




と、何処か申し訳なさそうに告げた。

突然の事なのに驚かなかったのは、内心でやはりそろそろだったかと思う自分がいたからだと思う。





「…分かった」

『御葬式への参列ですが、生憎その日は予定が入っています』


「構わない。友人への別れを優先させる」



『畏まりました。そのように手配いたしましょう』




一礼して後ろを向けば、彼女の幼い身体には不釣り合いな大人びた色のロングドレスが僅かに揺れた。

去り際に「お前も行くか?」と挑発気味に言えば、肩越しに私を見て小さく頷いた。













『惜しい人を亡くした……人間は“こういう時”、そう云うのが正しいのですよね』


「まさにその通り…でも、彼は自分の役目を十二分に果たしたさ」




兄様の風変わりなセンスを横目に、私は黒の喪服、同色のベールで色素の薄い髪を隠していた。

と、携帯の着信音がした。

1秒と足らず兄のだ、と思うと、少し楽しそうに携帯を眺めてから通話ボタンを押した。




「はじめまして、奥村燐くん。

私はメフィスト・フェレス…藤本神父の友人です。

こっちは秘書の名前」


『お初にお目にかかります、奥村燐様。この度はお悔やみ申し上げますわ』


「お、お前ら……祓魔師か…?」




傘も差さず、何かが抜けたように立つ彼を見て、無意識に目を細めた。

私は祓魔師じゃないけれど、否定する前に兄様が話を進めて行く。




「“正十字騎士團”と申します」

「…ジジィはお前が保護してくれるっていってたぞ」

『お兄様は名誉騎士なる責任ある立場。公私混同はしない御方です』


「貴方はサタンの息子。人類の脅威となる前に殺さなければならない」




スッと上げた左手で指を立て、「大人しく殺される」、「我々を殺して逃げる」……

それから、「自殺」の選択肢を用意した。

どれも彼にとっては望まない物だと直感した。


ついでに言ってしまえば、私の目の前で兄を殺させる事はしない。

三つと言っても選択肢は一つに等しい。




「…さあ、どれが一番お好みかな?」

「仲間にしろ!」




地球の自転がひっくり返ったように衝撃を受け、同時に目の前の彼の言葉は理解し難いモノだった。

仲間?

一体、どうして?




「お前らがどういおうが……俺はサタンとか…あんな奴の息子じゃねえ!!

俺の親父は…ジジィだけだ…!」




段々と自棄に、泣きそうになっている彼の事を見つめ、思わず短く息を吐いた。


純粋すぎる。

兄様を相手にするのにその純粋さは利用されてしまうだけだと言うのに。




『…祓魔師になって如何なさるおつもりで?』

「サタンをぶん殴る!!!」

「フッ、フフハ、ウハハハハハ!!」

「??」


『……兄様』



「グハハハハ!!ヤバイ……

これはいい…!久々にキました!ハハハハハ!」



「は…何がおかしいんだよ!つか、テメーの格好の方がよっぽどおかしいから!」




三年分くらい笑った兄様は、目尻の涙を指先で拭ってから、




「ハハハ、正気とは思えん!」

「正気だ!!」

「ククク…サタンの息子が、祓魔師…!!」


『…………』




その様子を伺っていた私は、一瞬だけ手を強く握った。本当に、一瞬。

兄がどう言おうが彼の道は地獄行きの一本道なのだ。

サタンの息子が祓魔師だなんて、地獄に辿り着く過程を悲惨なモノにするだけだと思うのに。




「面白い!いいでしょう!」

『っ、に、兄様!?』

「えっ、いいのか!?」

『お兄様…一体何をお考えに、』



「但し、貴方が選んだ道は荊の道。それでも進むとおっしゃるのならば」




祓魔師になるのは大変だと、以前誰かが言ってた気がする。

周りから反対されるに決まっている。こんな決定など。

溜息を吐いて、その対処をするのがまた私なのかと感じていた。

それでも彼は真っ直ぐ兄様を見つめ、





「…俺は、もう人間でも悪魔でもない。

…だったら、



祓魔師になってやる!!」



(過去に囚われ未来を求める)

(立ち止まるのも戻るのも叶わないなら)

(進むしかないだろう?)



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