独楽駄文(長編)

□3.カケラ
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夢をみた。
朧気な、幼い頃の記憶のなか。
母の温かい腕。幸せだった日々。そして・・・、捨てられた時の悲しい記憶・・・。これまで、幾度となくみてきた夢だが、世界大会の後から、それは少しずつ変化していた。


修道院の廊下を歩く自分。その足取りは幼く、不安に震えている。
昨日、同じ時期にやって来たあの子が居なくなった。
今日、隣の部屋のあの子が居なくなった。
嗚呼…、明日は・・・明日は自分かもしれない。
不安だった。修道院の大人たちは、表向きには優しいけれど、訓練の時は恐ろしく、ついてこれない子どもたちは次々に処分されていった。
「ぅ・・・っ、ぐすっ・・・」
「おい、何してる?」
「!」
毎日が怖くて、不安で、一人で夜の廊下で泣いていた時だ。突然声をかけられて、体が竦んだ。もう消灯の時間はとうに過ぎたはずだから、大人にみつかるとまずい。恐る恐る顔を上げると、小柄な少年が立っていた。たどたどしいロシア語で話しかけてくる。
「なんだ、どこか痛いのか?」
「あ・・・」
覗き込んでくる顔は知っていた。確か、ヒワタリ カイとかいう名前だ。ロシア人だらけの中に、東洋人の少年というのは目立ったし、カイは群を抜いて可愛らしい顔つきだった。何より、頬のペイントと独特の衣装で周りから浮いていると言っても過言ではない。だから、生存競争の厳しいこの修道院で、他人を気にかけないようにしている子どもたちでも、みんなカイのことは知っていた。
「おい…」
「な、なんでもない!」
泣いているところを見られた恥ずかしさから、ちょっと強い口調になってしまった。驚かしてしまったのか、カイの小さな肩がビクッとした。「そうか…」と消え入りそうな声で言ったあと、どこかへ行こうとするカイを…。
「ま、まて…!」
なんだか悪いことをした気がして引き止めた。そのときつかんだ手はやっぱり小さかった。けれど何故かその柔らかさと温もりにホッとする自分がいた。
引き止めてはみたものの、何を言えばいいのかわからず、しばらく気まずい沈黙が続く。それでもつかんだ手を離す気にはなれなくて、必死に言葉を探しているうちに、カイの頬が濡れているのに気がついた。
「貴様・・・泣いていたのか?」
カイの頬がボッと赤くなった。
「・・・それはお前のほうだろう・・・」
そっぽを向かれたけれど、繋いだ手を振りほどかれることはなかった。
「貴様も、ここがコワくて泣いていたのか?」
「オレは・・・」
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