独楽駄文(長編)

□1.春に・・・
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世界大会が終わってからしばらく、俺は永い夢のなかにいた。
無理な肉体改造に加え、激しいバトルによる負傷。
肉体的にも精神的にも疲弊した俺は、昏睡状態で病院に運ばれ、気がついたときにはバトルから数日が経過していた。

(あの試合はどうなったのだろう・・・)

はっきりと思い出せるのは、ボリスと金李の試合の日まで。
ボリスの敗北により、BBAチームに同点に並ばれた俺達。
次の試合で負けることを許されなくなった俺は、ヴォルコフ様の命令で肉体改造を行うことになった。

暗い研究室のカプセルに入って瞳を閉じる・・・。

次に瞳を開けてからの記憶は断片的だった。
視界に入ってくる者達。それぞれに何か言っているけれど理解なんてできない。
誰が誰だなんてわからない。
暗くぼやけた世界にいる俺を包むものは、何に対するものなのかも分からない憎悪と、黒く冷たい破壊欲だけだった・・・。


(壊せ…壊せ…壊せ…壊せ…壊せ…壊せ…壊せ…壊せ…壊せ…)



心の中で声がする。
(壊せ…)
何を?誰を?



遠くで誰かが叫んでいる・・・。あれは誰だった?

たくさんの声が叫んで、呼んでいる名は誰のものだった?


分からない。
分からない、分からない、分からない・・・


憎い!悲しい!
何が?
分からない。
壊れてしまえば良い。全てが無くなれば・・・

(貴様は救われるのか…?)


(!?・・・誰、だ…?赤い、羽・・・?)


紅蓮の炎を宿す鳥。その鳥を背に不敵に笑う少年がいる。あれは・・・
(俺は自分の意志で戦った。俺はもう道具でも籠の中の鳥でもない。貴様と違ってな・・・。俺には仲間がいる。だから強くなれた。これからも強くなる。貴様は・・・どうなんだ?)

(俺は・・・)

(どうしたい?)

問いかける瞳は赤く。あの瞳にもきっと炎が宿っているのだろうとぼんやり思った。

あの炎に焼かれたら、この冷たい痛みも消えるだろうか?心を覆う氷も溶ける日が来るだろうか?

俺は彼に手を伸ばした。






−…伸ばした手は空を切った。


視界に広がるのは真っ白な天井。頭を動かすと、点滴やさまざまなチューブが身体から伸びているのがわかった。
静かな部屋に、無機質な機械音だけが一定のリズムを刻んでいる。

(夢・・・か)

果たしてどこからが夢だったのか。
さっき伸ばした手を見つめてみる。長く眠っていたのか、腕は思うようには動かない。

「火渡カイ・・・」

掠れた声で夢で会った少年の名を呼んだ。
確かそんな名だった。
朧気な記憶の中で、奴の燃えるような瞳だけが鮮烈に蘇ってくる。

鳥籠から逃げ出した朱雀の少年。
自分と同じでありながら、自分とは違う未来を選びとった。
今は自由に仲間達と同じ空の下で笑っているのだろうか?


(どうしたい?)


夢の中でのカイの声が胸に響いてくる。

「できるか…?俺にも」
アイツがふっ、と笑ったような気がした。

できない理由などはない筈。アイツならそう言うだろう。

身体が上手く動くようになったら、日本に行こう。
火渡カイと木ノ宮タカオ、あのBBAと再びベイバトルをしたい。
今度は己の意志で。

目を閉じれば、カイの姿が浮かんでくる。
鳥籠を出た鳥は二度と戻ってこないだろう。
同じ籠の中にいた俺もまた・・・。
けれど、大丈夫。必ず俺達は出会う。
羽ばたいた空はどこまでも、ひとつに繋がっているから。

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