Series『現桜』
□The 31th.「風邪」
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薄桜学園保険医兼事務長 山南敬助と京都で想いが通じあっても2年1組 葛木桜華は、余り変わらない日々を送っていた。
唯一、変わったところと言えば一つは週末の土曜夜に、山南と食事を共にすること、もう一つは桜華のキーホルダーに自分の鍵以外・・・山南の部屋の鍵が増えた事ぐらい。
「何かあった時に、すぐ私の所へ来れる様に。」
と言われ、鍵を渡されていた。
桜華も直ぐに、それに習って山南へ鍵を渡した。
とはいえ、お互いに鍵を交換したが、日々の生活は時間的に重なるものではなく(桜華は部活で、山南も保険医以外に兼務の事務長としての仕事もあり残業も多い)、その鍵を使って互いの家へ行くことも無かった。
そんな或る日の事ー…
桜華は古文教師兼教頭 土方歳三に古文準備室へ呼び出されて居た。
「え?風邪ですか?」
「あぁ、風邪だ。
あの人、年に1回だけ風邪で大きく体を崩すんだ。」
土方に山南が風邪で寝込んでいる事を桜華は教えて貰っていた。
「で、何で私に?」
「聞いてないだろう?」
「いや、聞いてないですけどね・・・って、な、なんで?」
桜華は焦った。
山南との事は桜華が卒業する迄、秘密にしておこうと二人で決めていた。
勿論、桜華も保険医と生徒の立場を理解しており、京都の件で迷惑をかけた1年 雪村千鶴には詫びと共に伝えたが、誰にも言うつもりも無かったし、バレないように注意を払っていた。
「そう焦るな。
お前と山南さんに付いては、俺にも責任あるからな。」
土方の一言に思い出した。
京都へ向かう新幹線で土方から電話があり、もしかすると土方も自分の過去・・・前世を知っているのでは?と疑っていたのだった。
「土方先生・・・
もしかして私の事を・・・」
「あぁ俺も知っている、お前の前世を。」
「そうなんですね。
あの一つはお聞きしたいことが?」
「なんだ?」
桜華は山南に聞いても教えて貰えなかった事を尋ねて見た。
「前世での私の最後を知ってますね?」
「・・・」
桜華は無言を肯定と受け取った。
「教えて頂けますか?」
「山南さんは何て言ってた?」
「教えて貰えませんでした。
ただ・・・山南先生の表情を見てたら、知っておいた方がいい気がして・・・」
「そうか・・・」
土方は少し考えるが直ぐに・・・
「山南さんが伝えて無い事を俺が言うわけにはいかねぇな。」
「そうですか・・・」
「桜華・・・お前は記憶が無い。
だからこそ、今を大事にするべきじゃねぇか?」
「ですが・・・」
桜華が言いたい事は、よく分かる。
共にそうすべきな男は、その過去に囚われており、未だに贖罪の気持ちを捨てきれずにいた。
「桜華、お前なら例え、どんな死に方をしても、あの人を恨む気持ちは出ねぇだろ?」
「当たり前じゃないですか!」
「それでいい。
根気よく、ソレを伝えていくしか無いと俺は思う。」
「わかりました・・・」
「頼むよ、あの人を。
お前、次第だ。」
「はい。」
桜華は力強く頷く。
土方はソレを見て、満足そうな笑みを浮かべた。
「だが、その前に風邪を引いているのを何とかしてやってくれ。」
「あぁ、そうだった!」
「オイオイ、ソレを伝える為に俺は呼び出したんだぞ。」
桜華の反応に苦笑する。
「ですよねぇ、じゃ今日、寄ってみます。」
「頼むよ。」
古文準備室を出ると、ポケットから鍵を取り出す。
二つ鍵がついており、一つは自分のだが、もう一つは山南の部屋のモノだ。
「よし!」
桜華は鍵を握りしめ、足早に教室へ戻っていった。
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