小説(オリジナル)

□愛玩〜ヨークシャーテリアの場合〜
1ページ/2ページ

――甘栗――
俺は今とっても幸せだ。
そりゃ今まで受けてきた扱いを考えると、すべてが幸せだったとは言えないけれど。
でも幸(ゆき)に出会えて、飼ってもらえて、今は悠々自適な暮らしができているのはとっても幸せなことで。
この体になったことに今では感謝しているくらいなのだから。


俺は元はいいとこのお坊ちゃんだった。
ある日突然誘拐されて、ヒューマルの研究施設に連れていかれて、気付いたらヒューマルになってた。
誘拐される前のことはもう思い出せなくて、両親の顔すら分からない。
だから親が俺を助けてくれなかったことに関しては特に何も思っていない。
ヒューマルになって拒絶反応が出なくなると、調教が始まった。
でも反抗したりなんだりでうまく調教が進まず、俺は“不良品”になった。
その後、廃棄処分されることに決まったけど、ある人が俺を拾ってくれた。
ここから俺の幸せが始まったんだ。

――幸――
俺の名前は柳川幸(やながわゆき)。
スマホ向けのゲームを開発する会社に勤務している。
この前俺が企画したゲームが人気を博してくれたおかげで、手元には相当な額のお金が舞い込んできた。
正直ちょっと持て余すくらいの。

「どうすっかな、これ」

このまま会社を辞めてしまってもいいのだけれど、仕事自体は好きなのでまだ続けていたい。
しかし車や家などの大きな買い物は間に合っている。
唯一足りないのは恋人がいないってことか。
でも今は仕事に集中していたいしなぁ。
どうしよって思ってネットサーフィンしてたら、ふとあるページが目に入った。
ヒューマルのページだ。

(家の家事とかしてくれるんだったら便利だよな。それに夜の相手もしてくれるわけだろ・・・なんとか買えそうな値段だしな)

新たに一人養うってことは大変なことだって分かってる。
それこそ喋って意思疎通できるといっても、普通の犬猫とは比べものにはならないほど責任が重くなるってことも。

(とりあえず1回見にいくだけ行ってみようかな)

ヒューマルとの相性とかもあるだろうし。
見に行って気に入ったのがいなければそれまでってことで。
俺はさっそくヒューマルを売っているお店をネットで探し始めた。


「・・・ここ、だよな」

そのお店は外観がとてもかわいらしく作られていて、ぱっと見ケーキ屋とかパン屋みたいな感じだった。
ヒューマルを売っているお店は非合法なところもあるから、お店選びは気を付けてみたんだけどな。
一応、店の名前が一致するのを確認してから俺は店の中に入った。

「いらっしゃいませ」

ドアを開けると上部に付いていた鈴がからからと鳴った。
その音にぴくんと反応した男の子が明るい声で俺に挨拶した。
その子は頭に茶色い小さな耳とお尻のあたりに先がくるんと丸まったふわふわのしましま尻尾を持っていた。
たぶんリスだろう。
店内には他にもヒューマルがいた。
檻に入っているわけでもなく、ただそこに普通にいてヒューマル同士おしゃべりしていた。

「初めましての方ですよね?ちょっと待っていて下さい」

店の中をきょろきょろと見回していると、リスくんがにっこりと笑いかけてきた。
俺が頷き返すのを確認すると、裏へと走っていく。
ほどなく30代くらいの人間の男性を連れて戻ってきた。

「ごめんね、新入りの子の案内をしていたもんで。そうだ、初めましての方にはまずここの説明を聞いて欲しいんだけど。こっち来てもらえる?」

そうして窓の近くにあったテーブルへ腰を下ろした。
さっきのリスくんがコーヒーをそっと置く。

「初めまして、俺はここの店長をしています、築山渉(つきやまわたる)です。さっきの子はパートナーのあやめ。さっそくだけど、この店についてどう思った?」
「えっと、普通のペットショップみたいのをイメージしていたので、なんというか・・・」
「変わってるでしょ?」

ふふ、と楽しそうに築山さんは笑った。
それからこのお店について教えてくれた。
築山さんはもともとヒューマルを生み出す側の仕事をしていたのだが、“失敗作”や“売れ残り”などで半分弱ほどのヒューマルが殺処分されていることを知り、どうにかしたいと思ったらしい。
そこで殺処分されることが決まった子を引き取り、このお店でパートナーを見つける手伝いをしているのだという。
築山さん自身ヒューマルも人間と変わらないと思っているため、檻に閉じ込めるなどしないそうだ。

「どっちかというと保育所、かな。素適なご主人様が見つかるまでお預かりしてますって感じ」
「いいと思います。俺もヒューマルとは対等な関係でいたいと思ってますので」

素直に築山さんの考えに賛同できた。
俺もどうにも奴隷として扱うことには抵抗感があったし。

「そう思ってくれてる人でよかった。それでうちにはちょっと変わったルールがあってね・・・」

ここでは気に入ったからといってすぐ購入できるわけではなかった。
ある程度通ってもらい、一生共にするパートナーをきちんと探して欲しいのだそうだ。
それに店側としてもヒューマルを預けられる人かどうかの判断をしているらしい。
俺は仕事の関係上、土日をメインに、来られそうなら平日の夕方にお邪魔することにした。

「とりあえずはそんなところかな。それじゃあ皆に挨拶に行こうか」
「はい。お願いします」

そして俺は先ほどヒューマルたちが集まっていたところに連れて行かれた。
そこに行くとヒューマルたちは俺のことを興味津々といった感じで見ていた。
ヒューマルの数はだいたい20名ほど。
たぶんそれが面倒を見ることができる限界なのだろう。
男女比はだいたい同じくらいだけど、若干女の子の方が多い感じ。
種類は犬に猫、ウサギに鳥など様々だ。
そして築山さんに促されて簡単に挨拶する。

「初めまして。よろしくな」

挨拶が済むと、ヒューマルたちが一斉に集まってきた。
“どこに住んでるの?”とか“お仕事は何してるの?”とかたくさん質問された。
その一つ一つに丁寧に答えていると、視界に一人ヒューマルの輪から離れている子に気が付いた。
肩に少し触れるぐらいのきれいな茶髪をした犬くんだ。
髪の長さもあって、一見女の子に見えそうなくらいのかわいらしい顔立ちをしている。

「こんにちは。君もこっちに来ない?」

気になって話し掛けてみると、話しかけられた彼はびくりと身体を揺らし、そのまま裏へと行ってしまった。

「テリーは昨日来たばっかりだから、まだ人間が怖いのかも」
「テリー?」
「うん、ここではね、みんなあだ名があるの。テリーはヨークシャーテリアだからテリー」

そう教えてくれたのは黒猫くんだった。
あだ名制度は名前がないのはかわいそうだし、不便だが、ご主人様に心を込めて名付けてほしいという方針からだそうだ。
なのでみんな動物の種類や見た目の特徴から、あだ名を付けられることが多い。
その日はテリー以外の子と、簡単に挨拶をして帰った。
みんなの無邪気な表情には癒されたけど、あの子のきれいな長髪がどうしても頭から離れなかった。

――甘栗――
話は昨日に戻る。

「さぁ、着いたよ。ここが君の新しいおうち」

さきほど「まだ生きていていたいか」と問われ、彼の手をとった結果、やたらファンシーな外見の建物に連れてこられた。
まだあの人のことを全面的に信用したわけではない。
でも本能的にあの研究所にいた人間とは違うと思った。
少しだけ信じてみたい気がしたのだ。

「ご飯はみんなと一緒に食べられそうかな?」

俺はふるふると首を横に振る。
お腹は空いていたけど、知らないヒューマルがたくさんいるところでのご飯なんて、緊張してしまう。

「分った。今日は別の部屋でご飯食べようか?みんなへの紹介は明日の朝に」
「・・・はい」

知らないところに行くのはやっぱり怖くて、築山さんに手を引いてもらいながら廊下を歩く。
たまにすれ違うヒューマルがいて、築山さんに挨拶してく。
そして俺のことが気になるみたいで、ちらっと見てきた。

「この部屋だよ。慣れるまではこっちで寝よっか?」

通された部屋は中がカーテンで三つくらいに区切られた部屋で、研究所で与えられていた部屋とは比べものにならないほどきれいだった。
そこにはお布団が敷いてあった。
あまりにシンプルで殺風景なはずなのに、なんだかあったかい雰囲気があった。
ほどなくして築山さんがご飯を持ってきてくれた。
白いご飯にお味噌汁、それにちょっとしたサラダに焼き魚。
どれも初めて目にするものばかり。
お箸を使うのも初めてで、築山さんに教えてもらいながらゆっくりゆっくり食べる。
それは今まで食べてきた中で一番おいしかった。

「あれ〜、なんでつっきーがいるの?」

いきなり大声がして、びくりと肩が震える。
声がした方を見ると、濡れた髪をタオルでがしがしと拭いている男の子が立っていた。

「あ、君が昨日言ってた新しい子?僕、黒猫だからくぅ。くぅちゃんって呼んでくれていいから。名前は?」

俺に気付くとぱたぱたと一気に駆け寄ってきた。
どうしていいか分からず、俺は思わず後ずさってしまう。

「早い早い。名前はまだ決まってないよ」

困る俺を見て、くすくす築山さんは笑う。

「そうなの?じゃあ僕が決めたい!」
「お、いいね。この子はヨークシャーテリアっていうワンちゃんだよ」
「ヨークシャー、テリア・・・?うーん、あっ、テリーはどう?」
「だって、君はどう思う?」
「あ・・・別に、それで」

本当は名前なんてなんでも良かった。
でも心の中でテリーって繰り返して唱えてみると、なんだかほっこりした気分になった。

「隣のお布団にはくぅちゃんがいるから、何か困ったことあったらとりあえずくぅちゃんに言ってね。それじゃあ、お休み」

そう言うと築山さんは食器を持って、どこかへ行ってしまった。
初めましての子と二人きりというシチュエーションに、どうしたらいいか分からない。

「テリーは疲れてる?もう寝ちゃう?」

くぅちゃんはこういうことに慣れてるみたい。
いきなり砕けた口調で、にこにこと笑いかけてくれた。
俺はやっぱり気まずかったから、まだ眠くなかったけどコクンと頷いた。


俺とくぅちゃんの間のしきりは開けられていた。
それはくぅちゃんが望んだことだった。
くぅちゃんの話によると、くぅちゃんは今発情期でみんなに迷惑かけちゃうから、一人こっちで眠ってるんだって。
昼間もなるべく一人でいるみたい。
でも一人で寝るのも寂しいから、少しでもお喋りしたり、一緒に寝たりしたいんだって。
くぅちゃんの話は止まらなかった。
ここに来るまでの話からここに来てからの話までされて、俺はいつ眠ったのか分からなかった。


朝になると、くぅちゃんが起こしてくれた。
もともと寝起きは悪いので、くぅちゃんにだいぶ迷惑かけたけど。
昨日と同じように朝ごはんを食べると、築山さんが施設内を案内してくれた。
お店部分とかキッチンとか寝るとことかお風呂とか。
二階部分は築山さんとそのパートナーのお部屋だから行っちゃダメらしい。
なんか思った以上に広いところだった。
それからお客さんが来たからって、お店の部分に連れて行かれた。
そこにはたくさんのヒューマルがいて緊張したけど、くぅちゃんが手助けしてくれた。
みんなとっても優しかった。
お客さんの顔はちらっと見たけど、とってもかっこいい顔をしているなって思った。

築山さんがお客さんと出ていったけど、そんなにしないで戻ってきた。
それからお客さんは俺たちのところに来て、自己紹介してた。
幸っていうんだ。
他の子はわって近寄って行ってたけど、俺はどうしていいか分からなくて、そのまま外を眺めていた。
だからいきなり声をかけられたときは、本当に心臓止まるかと思った。
びっくりして、急に怖くなって、気付いたらその場から立ち去ってしまった。
でも顔だけでなく、声もかっこよかったな。
次へ

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ