小説(オリジナル)

□愛玩〜柴犬の場合〜
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冬の柔らかい陽光がカーテンの隙間からもれ出ていた。
そしてベッドに寝ている1人の少年の頬を照らす。
少年の歳のころは15、6歳ほどであったが、何より目を引くのは頭に犬耳があることだった。
黒い髪の中に白い耳がちょこんとその存在を主張していた。


彼は人間と動物の遺伝子を組み合わせたヒューマルと呼ばれる存在である。
家事手伝いを主な用途として売られているが、値段は非常に高く、一般人にはとても手が出せない。
そのため金持ちの道楽として酷い扱いを受けている者が多くなっている。
だがヒューマルには人権が認められておらず、仮に暴行などによって死んでしまっても飼い主が罪に問われることはない。
彼らはあくまでも“所有物”なのである。


「んん」

日のぬくもりによって、先ほどの少年が目を覚ました。
彼の名前はシロ。
眠い気持ちを押し込めて、ぐっと身体を起こした。
その際、隣に眠るご主人様から布団を奪わないように気を付ける。
シロの主人の名は薫という。
落ち着いた色の茶髪にすっとした目鼻立ちを持ち、また性格も穏やかであるため、陰で非常に人気を博していた。
そしてそのさらに隣にシロとそっくりの顔を持つ少年が寝ていた。
違うのは髪と耳の色が反対なことくらいだ。
彼はシロの双子の兄で、名はクロという。
こちらはまだまだ夢の中のようだ。

(朝ごはん作ろうかな・・・)

身体をんっと伸ばしながら、シロはメニューを考える。
家事はシロとクロが交互に行うことになっていた。
しかし今日のように会社がお休みの土日は2人で適当に分担したり、薫がしたりすることが多い。
ちなみに家事担当でないときは薫に優先的にかわいがってもらえるという特典があった。
このような優先日を設けることで、薫は2人を平等にバランス良く愛しているのである。
ただシロとクロはお互いのことも大好きなので、薫が自分以外を構っていても嫉妬などはしないのだが。
寝起きのためしばらくぼーっとしていたが、なんだかカーテンの向こうがいつもより明るい気がした。
ふと気になって開けてみると、そこは一面銀世界だった。

「っ!!」

いつもの見慣れた景色と違う興奮にシロの尻尾は取れてしまうのではと思うほど横に揺れていた。

「薫!クロ!起きて!!」

そっと起きようとしていたことなど忘れて、薫の肩を掴んで揺らす。
目が爛々と煌いていた。

「んん・・・日曜なんだからまだいいでしょ・・・」

仕事で疲れている薫は少し目を開けたが、すぐに目を閉じた。
眠りを邪魔されたくないのかクロに抱きつく体勢をとり、シロにはすっかり背を向けてしまった。
クロも抱かれた感触が嬉しいのか、無意識に身を寄せていた。
その光景にシロはむぅとむくれてしまう。

「だめーっ!!」
「・・・シロ、うるさい」

シロは大きな声と共にばさっと布団を剥ぎ取った。
まさに強硬手段である。
この衝撃ですっかり目が覚めた薫は低い声で怒った。

「寒い・・・」

まだ寝ていたクロは突然の寒さに身を丸めて耐えていた。


「「わぁ」」

着替えて公園にやってきたシロとクロはそろって驚きの声を挙げた。
朝早くでまだ人も少なく、積もりたての綺麗なままの雪が残っていたからである。
2人とも上はグレーのセーターにポンチョ、下はショートパンツにニーソックス、モコモコブーツとおそろいの格好をしていた。
違うのは靴下の柄でクロは真っ黒、シロは白黒のボーダーであった。
薫は焦げ茶のコートを羽織り、ジーパンに防水性のあるブーツを履いていた。

「こんなに積もるなんて珍しいな」

雪が降らない年もあるくらいの地域なので、地面が雪で覆われるほど積もったのは何年ぶりといった具合だった。
きょろきょろと薫が辺りを見回していると、双子がむぎゅっと抱きついてきた。
2人とも背は低めなので、顔は薫の胸のあたりにあった。
なので目線を合わせるために薫は視線を下げ、シロとクロは上を向く。

「遊んできてもいい?」
「遊んできてもいいですか?」

ため口なのがシロで、敬語を使うのがクロである。
ここに2人の性格の違いが出ている。
甘え上手でわがままも言え、“薫”と呼び捨てにしてしまうのがシロ。
対してクロは典型的なお兄ちゃん気質で我慢してしまうし、まだ“ご主人様”としか呼べていない。
薫としてはどちらもかわいいので、何と呼ばれようが気にしてはいないのだが。

「もちろん、いっぱい遊んでおいで。ただし俺の目の届く範囲までだよ」

薫の言葉を聞くと、2人は雪がたくさん積もっている方向へと走り出した。
童謡のように駆け回る姿は見ているだけで、薫を幸せな気分にさせた。
こういった姿を見ると、普段自由に外出させられないことが悔やまれる。
世の中にはヒューマルのことを奴隷としてみる人がまだまだいる。
たいていは所有者からの社会的な報復を恐れて陰口を叩くくらいだが、たまに手を出すバカな奴らもいる。
いくらヒューマルの身体能力が高く大抵の人間に勝てるとしても、集団で襲われてはさすがに勝てない。
そのためシロやクロだけでの外出は心配でさせたことはなかった。
まぁ嫌な思いをして欲しくないっていうのもあるのだが。

「薫〜!一緒に遊ぼう!!」

2人をそっと眺めていたら、シロに大きく手を振られて呼ばれてしまう。
薫も童心に返って共に遊ぶことにした。
雪ウサギや雪だるまを作ったり、雪合戦をしたり、寒さを忘れて3人で雪を満喫した。

「「疲れたー」」

シロとクロは背中から雪の中にダイブした。
薫は飲み物を買ってくると言って、近くの自販機に向かっていた。

「楽しかったね」
「うん。また来たいね」

顔を見合わせて笑いあう。
久しぶりに外で遊べたのもあるが、大好きな薫と片割れと一緒にいれたことが嬉しいのだ。
寒さでほっぺたが赤くなっているけれど、そんなの気にはならなかった。

「ねぇ、覚えてる?シロたちが薫に出会った日のことを」

シロはそっと身体を起こしながらクロに尋ねた。
一瞬クロはビクリと身体を震わせ、そして目を伏せた。
どうやらあの忌まわしかった日々も思い出してしまったようだ。

「うん・・・あの日も大雪の日だったよね」


薫がシロとクロに出会ったのは今から数年前のことだ。
シロたちはある会社の警備員として飼われていた。
でもそれは建前であり、警備会社の人はきちんと雇われていた。
彼らの役割は身体で社員の不満を発散させることだったのだ。
そのため彼らにいじめが行われたり、強姦されたりすることは日常茶飯事であった。
そしてこの日もちょっとしたミスを咎められ、“お仕置き”と称して防寒具を奪われていた。
しんしんと降り積もる雪の中、マフラーも手袋もない薄手のつなぎ姿で耐えられるはずがない。
2人で身を寄せ合い、なんとか暖をとっているときに薫はやってきた。

「君たち寒くないの?」

あまりの寒さにがたがたと震えている2人を心配そうな表情で見つめる。
2人の吐き出す息は真っ白で、鼻は赤く染まっていた。

「そんな格好じゃ風邪引いちゃうよ」

そう言うと薫は迷わず自分の着ていたコートを2人に掛け、社内に連れて行った。
もともと薫はヒューマルも人間であると考えていたし、彼らに対する偏見もなかった。
なにより小さな男の子がつらそうな表情をしているのをほっとけるほど冷酷な性格でない。
暖房がきいているロビーは防寒対策している薫にとって少し熱いくらいだった。
だが身体が冷え切っている2人にはまだ物足りないと思い、近くの自販機で暖かいココアを購入した。

「はい、どうぞ。飲んだら身体の中もぽかぽかするからね」

にっこり笑って差し出すも、なかなか受け取ろうとしない。
ほら、とクロに無理やり押し付けると、なんとかシロも受け取ってくれた。
薫がプルを開けたのだが、双子はなかなか口を付けようとはしなかった。

「そういえば自己紹介がまだだったね。俺は明日からここの最高経営責任者に就任する佐藤薫って言います。君たちは?」
「・・・一応、シロとクロって呼ばれてます」

小さな声でクロが答えた。
このとき彼らに正式な名はまだなかった。
便宜上、耳の色からシロ、クロと呼ばれていたに過ぎなかった。
それから薫は様々なことを2人に尋ねた。
どのように暮らしているのか、どのように扱われているのか。
2人が話してくれるにつれ、薫の表情は険しいものになっていった。
そして助けてあげたいと強く思うようになっていた。
彼らに何か惹かれるものがあったような気がしたからだ。

「そんな暮らししていたら、いつか死んじゃうよ。こんな生活、本当は嫌なんでしょう?」

シロとクロは目に涙を浮かべて小さく頷いた。
その拍子に溢れ出た雫が頬を伝う。
毎日無理やり身体を繋がされて、その行為にはもう痛みしか感じなくなってしまっていた。
何度狂いそうになったことだろう。
でも今まで耐えてこれたのも愛しい兄弟がいたからこそだった。
1人だったらとっくに壊れていたに違いない。

「でもそんなの無理です・・・僕たちはここから逃げられません」

夜になると強靭な首輪で会社内にある檻に繋ぎとめられ、逃げ出すことは出来なかった。
たとえ逃げられたとしても行く当てもないし、どうしたらいいのかさえ分からない。
最初はここからいつか抜け出せると信じていたが、もうここに一生囚われて暮らすことになると諦めていた。
期待は自分を傷つけるだけだと思い始めていた。

「俺が絶対助け出してみせる・・・今すぐにとはいかないと思うけど、待ってて欲しい」

薫は2人を正面からぎゅっと抱きしめた。
ある程度のお金は持っていたが、ヒューマルを2人買えるほどはなかった。
長い道のりになると思うが、せめて今の待遇だけは改善してあげたい。

「「ありがとうございます・・・」」

初めて触れた暖かい人のぬくもりはとても心地よかった。
そして2人はやっとココアに口を付けた。
少しだけ冷めてしまっていたけれど、それはとてもおいしくて心までポカポカしたのを今でも覚えている。
この一瞬で満足だと思ったけれど、真摯な薫の態度にほんの少しだけ期待をしてしまった。
それから薫は様々な人の間を奔走することになった。


「あの日からすっかりいじめられなくなったよね」

1月ほど経った後、薫は約束通り2人を迎えに来た。
だが待遇はすぐに良くなっていた。
薫には本社の人事部に友人がおり、どうやらシロ達に何かしたら飛ばすと脅したらしい。
2人を買うお金はどうにもならなかったので、今後の給料から少しずつ差し引かれていくようにした。
シロとクロの給料からも引かれることになっている。
でもそんなのは一緒に暮らせるようになった喜びに勝らない。
そもそも2人は今まで無給だったのだから。


「わっ」

寝そべっていたシロの頬に何か温かい物が触れた。
恐る恐る上を向くとそこには薫がいた。
手にしていたのは、先ほど頬に触れていたココアの缶だった。

「こんな所で寝てたら風邪引くよ?」
「「っ!!」」

突然キラキラして目になると、2人は起き上がって薫に抱きついた。
ココアはあの日からの2人の大好物だったからだ。
それに同じことを薫も思い出していたのかもしれないとも思ったからだった。

「薫」
「ご主人様」

シロとクロの声が見事に一致した。

「「大好き!」」
「うわっ」

薫は抱きつかれた拍子にそのまま後ろに倒れる。
バフッと音がして、雪が空を舞う。
2人分の体重は重かったけれど、それをこの腕の中で感じられる喜びを薫も感じていた。

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