小説(オリジナル)

□愛玩〜トラ猫の場合〜
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俺がその子と出会ったのは偶然なのか必然なのか。
その子は特に目が印象的だった。
俺のことを睨んでいたというのもあるけど、あまりに悲しそうな色の瞳をしていたからだ。


その子は猫のヒューマルで、模様からトラ猫だと思われた。
ヒューマルというのはここ数年で売り出された家事手伝いを主に行う、動物の遺伝子が組み込まれた人間のことを言う。
違う遺伝子が入っているせいか、身体が人間とは比べものにならないくらい丈夫で、運動神経も抜群らしい。
ただそれは表向きの話で、本当のところは金持ちの道楽のために開発された。
そのことは値段が非常に高く、一般人にはとても手を出せないことからも明らかだった。


俺の名前は野間楓。
普通にサラリーマンをしている。
親は大手販売会社の社長で、俺はそこにコネ入社した。
だからといって窓際とかでは全然なく、それなりの成績は出している。
そのため資産はわりとある。
自分で言うのはあれだけど、ルックスも良い方なので女の子に不自由したことはない。
でもピンとくる子はいなくて、いつも長続きしなかった。


それはあまり出社しない会社に行った帰り道のことだった。
ふと何気なく裏道の方に目をやると、しっぽが視界の端に映った。
ヒューマルなんて生で見たことないせいで、俺は少しだけ興奮した。

「ねぇ、そこの君!」

気付いたら彼に声を掛けていた。
ビクリと身体を揺らして振り向いた彼は、まだ顔にあどけなさを残していた。
ただ俺を映したその瞳にはうつろな光が混じっていた。
年のころは16歳ほどといったところか。
顔や服は土か何かで汚れていて、人間と一緒に暮らしているようには到底思えなかった。

「何?何か用?」

猫耳の彼はそうぶっきらぼうに答えた。
眦をきつく上げて、俺のことを睨んでいた。
人間に対していいイメージがないのか、そこには拒絶の意志が見て取れる。

「えっと、いや、そこで何してるのかなと思って」
「別に。あんたには関係ないことだろ」

そう言うと彼は俺に背を向け、近くにあったゴミ箱を漁り始めた。
そこから野菜の切れ端など、ぎりぎり食べられそうなものを見つけ出してはそれを口にしていた。

「そんなの食べたらお腹壊さない?」
「うるさいなっ・・・じゃあ他に何食べろって言うんだよ!」
「・・・もしかして飼い主いないの?」

俺はそう聞きつつも、いないってことは分かっていた。
もしいるのならこんな所に居る理由なんてないし、第一持ち主が近くにいるはずだ。
予想通り、彼は首を縦に振った。

「だったら俺の家に来ない?ちょうど部屋も余ってるし」
「行かない。初めて会った奴の家にほいほいついていけるかよ」
「そっか、そうだよね。じゃあこれあげるから、食べて」

俺は鞄の中から夕飯用に買った菓子パンを一つ差し出した。
普段は一応料理しているのだが、今日は疲れたのでコンビニで済ませようと思っていたのだ。
さっき買っておいて良かったと心から思う。
でも猫耳の彼はなかなか受け取ってくれなかった。
食べたいけど知らない人間からはもらえない、とグルグル悩んでいるようだった。
このまま待っていても埒が開かないと俺は判断し、ぐいとパンを彼に押し付けた。

「ちゃんと食べるんだよ、いいね・・・あ、俺、野間楓っていうの。よろしく。じゃあ、また」

俺が近くにいたら食べづらい気がしたので、渡すとその場を去ることにした。
きちんと食べるか心配だから、本当は口にするところまで見ていたかったけど。


それから俺は毎日そこへ向かった。
もちろんご飯を持って。
ちゃんと生きているのか心配なのもあるけど、一番は会いたかったから。
彼は今までまともな食事を与えられていなかったようで、菓子パンでも“おいしい”と感動していた。
それに何度も通ううちに距離も近付いていって、笑った顔を見せてくれることも増えてきた。
けっこう会話もしてくれるようになったし、俺のこともちゃんと“楓”って呼んでくれるし。
名前といえば、彼にはまだ名がないらしい。
前の持ち主は付けなかったみたいだ。
こう呼んでもらいたいっていうのもなさそうだったので、許可を貰って俺が名付けることにした。
俺が付けた名前は栬。
もみじは楓が紅葉すると呼ばれる名で、つまり俺と同じ名前になるということになる。
なんだかほっとけないなと思っていたから、自分に近い名前がいいなとずっと考えていたのだ。
名前の意味を教えると、栬の顔が一気に赤くなっていた。
そんな表情がすごくかわいくて、俺はますます好きになった。
名前の方も気に入ってくれたみたいで良かったと思う。


それから数日が経ち、街はずっと雨が降り続いていた。
心配で何度も栬の元に行ってみたけれど、どこか他の所で雨宿りでもしているのか会うことができなかった。

今日もいつもの路地にはいなかった。
路地の中に入ってくまなく探してみても、見つけることはできなかった。
そしてそのまま進み続けると、俺は粗大ゴミのようなものが集まった行き止まりに辿り着いた。
そこにはよく見てみると人1人くらいなら通れそうな穴が開いていた。
俺は迷わずそこを覗いた。
なんとなく栬がいる気がしたからだ。
最初は暗くて何も見えなかったが、慣れてくると視界に何か動くものが見えた。
よく見るとそれは栬のしっぽで、その動きにはいつものような元気さはなかった。

「栬!そこにいるの?」

中に向かって俺は声を掛けてみた。

「・・・楓?なんで、ここに・・・」

顔は見せてくれなかったが、声は間違えなく栬のそれであった。

「心配だからだよ。とりあえず顔を見せて欲しいな」
「嫌っ」

栬の声が少し嗄れていたように思えた。
その声を聞くとさらに心配になった俺は、嫌がると分かってはいても行動せずにはいられなかった。

「ごめん・・・入るよ」

俺はズボンが濡れるのも構わず、地面に足を着き、なんとか中に入った。
あまり広くないそこは栬1人がぎりぎり横になれるスペースしかなかった。
中にいた栬の表情は暗くてよく見えなかったけれど、元気でないことは伝わってきた。
こんなところにいてはいけないと思い、ここから連れ出そうとして掴んだ腕は熱かった。

「もしかしなくても熱あるでしょ。だったらこんなところにいちゃダメだ。俺の家に連れて行くことになるけど、いいよね?」
「やっ」

栬は首を横に振って、俺に抵抗する。
しかし体調を崩しているためか、その力は弱々しかった。
なんとか栬をそこから連れ出すと、俺は背負って栬を家まで連れ帰ったのだった。


家に着くとまず俺のベッドに栬を寝かせた。
それから濡れた服を脱がし、お湯で濡らしたタオルで身体を綺麗にした。
栬の身体は泥などの汚れのほかに、痣や傷跡が無数にあった。
前の主人のところではまともな扱いを受けてこなかったのだろう。
そして少し大きかったけれど他にないので俺の服を着せた。
栬が着ていた服はもうぼろぼろだったが、勝手に捨てるわけにもいかず、とりあえず洗濯機の中にいれた。
栬はというと熱が上がってきたのか、つらそうな表情を浮かべていた。

「人間と同じように看病すればいいのかな?」

おでこに冷却シートを貼り、汗ばんだ髪を梳きながら1人つぶやく。
一応風邪薬などは常備しているが、果たして飲ませていいものなのか。

「ちょっとネットで調べてみるか」

自室に行って、パソコンを使ってヒューマルについて調べてみた。
ほとんどのサイトが自分のヒューマルを見せびらかすためのいかがわしいものだった。
やっとヒューマル専門の病院のホームページを見つけ、対処法を知ることができた。
それによると飲ませてもいい薬とダメな薬があることが分かった。
俺が持っていた薬は幸い飲ませてもいいものだったので、飲ませることにした。
寝室に戻ると、悪いと思ったけど栬を起こした。
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