小説(銀魂・parallel)

□A carrot-and-stick
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廊下を歩く足音が夜のせいか響き渡っていた。
足音の持ち主は目的の部屋の前まで行くと、立ち止まりノブへと手を伸ばす。
鍵は掛かっていなかった。

「ただいまー」

中にいる十四郎に聞こえるように、少し大きめの声を挙げて銀時は帰宅した。


「おかえり」

銀時と対照的な、眠たそうな声で十四郎は答えた。
ふぁ、と大きく欠伸をすると、手に持っていた枕へと顔を埋めてしまった。
よほど眠たいのだろう。
しかし彼は仕事疲れのせいか、その態度に少しむっとした。
銀時は十四郎の元に近付き、身を屈めると、

「こら」
「痛っ!!」

バチッと小気味いい音が十四郎のおでこからした。
安心しきって眠っていたその額にデコピンされたのだった。

「何すんだよ!」

少し赤くなった額をさすりながら、十四郎は銀時に怒りの声を上げた。
耳はピンと立ち上がり、しっぽの毛は逆立っている。

「ちゃんと出迎えない十四郎が悪い」

銀時は腕を組み、こっちこそ怒っているのだとアピールする。

「そう躾けたのは銀時だろ!」
「怠けていいとは言った覚えはねぇけどな」
「だったら俺が出迎えたくなるようにすればいいじゃねぇーか」
「そう言うと思って・・・」

ニヤリと笑いながら銀時は右手に持っていた紙袋を十四郎に差し出す。
十四郎はいやな予感がするのか、心底嫌そうな顔をしていた。

「お土産買ってきたよ」
「いらねぇ」

銀時が言い終わるか言い終わらないか分からないぐらいに十四郎は即答した。
それは今までのお土産の数々を思い出したためだった。

「そんなこと言わないでよ」

嫌がる十四郎の様子に苦笑しながら銀時は紙袋から中身を取り出す。
中から出てきたのはメイド服であった。
カチューシャは白いフリルで飾られ、サイドには細身の黒いリボンがある。
ワイシャツは襟と袖がチェック柄で、そことボタンのところがフリルで縁取られていた。
下のミニスカートも同様の柄で、こちらも裾から愛らしいレースが覗く。
エプロンは腰から下のタイプで、腰紐のところにちょこんとリボンが2つ付いている。
こちらもフリルで縁取られていた。
黒い靴下にもリボンとレースが付いていたが、右足のは膝上、左足のは膝下と左右で長さが異なっていた。
いずれのアイテムもフリフリのふわふわで、身に付けるとかわいらしいメイドさんになるのは間違いなかった。
ただし、女の子が着ればの話ではあったが。
銀時はメイド服を見せられたとき、少し寂しそうな、悲しそうな表情を十四郎がしたことに気付かなかった。
そしてそのまま銀時は熱弁を振るう。

「もー、ね。すごくふわふわしてて、かわいくて。一目惚れしちゃって・・・」
「ねぇっ!」

怒ったような声で鋭く十四郎が遮った。

「・・・なんでお土産って言ってそんなのばっか買ってくんだよ?」
「だって十四郎がかわいいから」
「っ!!」

さらっと返されて十四郎は言葉に詰まる。
しかしこのまま黙っていては銀時はまた同じようなものを買ってくるに違いない。

「俺は男だ!かわいいとか言われても嬉しくねぇんだよ!」

心からの叫びを出し終えると、十四郎は大きく息を吐いた。

「それに俺にお土産って、いつも・・・」

先ほどとは打って変わって低いトーンだった。
しっぽも心なしかシュンとなる。
話すうちに銀時が自分の言うことを理解してくれなくて、悲しくなってきたのだった。
十四郎の黒曜石のような瞳が潤み、スンッっと鼻を鳴らす音が聞こえる。

「銀時が買ってくるのっていつもナース服とかセーラー服とか女物のコスプレばっかり」

十四郎の脳裏にはその時のことが鮮明に浮かんだ。
どちらも丈が短く、いかにもって感じの衣装であった。

「そんなに女がいいなら、俺なんか捨てて、近藤さんたちに違うのでも頼め、バカヤローッ!!」

日頃の鬱憤が溜まっていた十四郎の怒りがとうとう爆発した。
言いたいことをすべて言い切った今は、肩で息をしている。
しかし未だにしっぽはピンと立ったままで、まだ興奮状態から抜け出せていないことが分かった。
一方、銀時は十四郎の急な大声にきょとんとしていたが、やがて堪えきれなくなったように笑い出した。
なぜ銀時が笑っているのか理解できない十四郎は訝しげな表情を浮かべる。

「・・・何だよ?」
「違うよ」

そこで銀時は十四郎を力強く抱きしめた。
十四郎はどう反応していいのか分からないので、黙って銀時の腕の中にいた。

「十四郎だからだよ」

十四郎は銀時の腕の力が少しだけ強まったように感じた。
銀時の表情を見ようと目だけを上げてみるが、うまく見ることができなかった。

「女の子じゃこんな気持ちにはならないよ」

銀時はようやく力を抜いて、身を少し離すと、ふわりと微笑んだ。
その表情は十四郎をどきっとさせるのに十分であった。

「十四郎が大好きだから・・・だから本気で嫌なら、別に着なくてもいいから」

いつの間にか十四郎の目からは悲しみの涙は消えていた。
銀時の気持ちをまっすぐぶつけられ、胸が熱くなったために、今は喜びの涙が浮かんでいた。

「ね、どうする?」

そうにこやかに銀時は問いかける。
もう十四郎が断ることなどできないと分かっていながらだ。

「・・・」

十四郎はうー、という言葉にならない声を上げていて、眉間にはしわが寄っていた。
そうやって一緒懸命悩んでいる様子もかわいいなと銀時が思っていると、

「分かった。着ればいいんだろ、着ればっ!」

やけになった十四郎の声が耳に届いた。


「あー、やっぱりかわいい!!」

銀時が購入してきたメイド服は十四郎にぴったりであった。
白いカチューシャは黒髪をより艶やかなものにし、袖口から覗く肌も白くすべすべしており、つい触りたくなるほどであった。

「これで文句はねぇだろっ」
「うん、もちろん」

十四郎は精一杯睨んでいるのだが、赤らんだ顔では効果はなかった。
むしろ十四郎が余計にかわいく、愛しく感じられるだけなのであった。

「俺の見立て通りすっごく似合ってる」

そっと銀時は十四郎の頭を撫でながら言う。

「着てくれてありがとう。十四郎、大好きだよ」

続けて頬に軽く口付ける。
十四郎はなんだか嬉しいやら恥ずかしいやらで、はにかんだ笑顔を浮かべていた。

(本当は銀時が喜んでくれるなら、俺もそれだけで嬉しくなれるんだから・・・)


数週間後。
2人はまたいつも通りの日常を送っていた。

「ただいま」
「おかえ・・・」

帰ってきた銀時の手に紙袋があることに気付いた途端、十四郎は嫌な顔を見せた。

「お土産だよ」
「いらねぇ」

にこっと笑って銀時は差し出すが、ぷいと顔を背けて十四郎は受け取ろうとしない。
今日は何を言われても絶対に着ないつもりであった。

「本当にいらないの?」

銀時に念を押されても、十四郎は顔を背けたままだ。

「せっかく買ってきたのになぁ、十四郎はいらないんだ〜・・・マヨネーズ」
「いるっ!!」

十四郎はマヨネーズと言われた瞬間、銀時を見つめ、そして抱きついた。
そのキラキラした瞳に思わず銀時は苦笑する。

(本当に現金なんだから)

銀時は嬉しさのあまり揺れているしっぽを見ながら、十四郎の頭をそっと撫でた。


これからも銀時は飴とムチを使って十四郎に接していくのだろう。
そしてそれに流されてしまうのが十四郎の新たなかわいさの一つとなったとさ。

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