小説(銀魂・parallel)

□寂しいということ
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「ふぁ〜」

大きく口を開けて大きく欠伸をする。
愛玩人形としてはしてはいけない行為だけど今はそれを咎める人間はいない。
俺のご主人様は隣の部屋でお仕事中だ。
部屋にこもっているときは集中しているってことだから邪魔しちゃいけないことになっている。
何もすることがない俺はソファに座って、ご主人様の仕事が一段落するまでおとなしく待っているしかない。


俺はウサギの愛玩人形で固体番号は“R-3210”、主人である万斉には“退”って名前を付けてもらった。
あ、人前にいるときはちゃんと“万斉様”って呼んでいるからね。
2人きりのときはいいと言われたから俺が呼び捨てで呼んでいるだけ。
万斉のお仕事は愛玩人形の宣伝をすること。
音楽プロデューサーっていうのも兼ねていて、けっこう売れっ子で他の会社のプロデュースもすることがあるんだって。
だから今日も部屋にこもって新しいCMの音楽を作っているのだ。
優しいご主人様で嬉しいけど、忙しくてあんまり構ってもらえないときが多くてたまに恨めしくなる。
牛乳でも飲んで暇をつぶそうとすると部屋の電話が鳴った。

「もしもし、万斉様に何か用ですか?」
「その声は退か?近藤なんだが、代理愛玩人形の仕事を引き受けてくれないか?」

代理愛玩人形とはあるご主人様の下に行ってその人の愛玩人形の代わりをすることだ。

「たぶん大丈夫ですけど、一応万斉様に聞いてみますね」
「折り返し連絡を頼む。行って欲しいのは十四郎のご主人様のところだ」
「十四郎さんですか?どうかしたんですか?」

十四郎さんとはまだ貰い手がいなかったときに一緒の部屋で生活していた。
ちょっぴり恐い猫の愛玩人形だったけど、とても頼りがいがあって密かに憧れていた。

「ちょっと熱が出てな、1週間くらい会社で預かることになったんだ。すぐに行って欲しいか
ら早めに返事が欲しいんだ、それじゃ」

本当に急いでいるみたいですぐに電話が切られた。
俺は十四郎さんのご主人様っていうのがすごく気になった。
すぐにご主人様が見つかった俺とは違って、十四郎さんにはなかなかご主人様はできなかった。
十四郎さんに合うご主人様ってどんな人なんだろう。
俺ははやる気持ちを抑えながら、万斉のいる部屋の戸を叩く。

「・・・どうしたのでござるか?」

よっぽど忙しいのか扉を開けずに万斉は答える。
出かける前に顔を一目みたいと思ってしまうのは俺のわがままなのだろうか。

「あの、代理愛玩人形の仕事が入ったの。十四郎さんのご主人様のところで、1週間くらい・・・行ってもいい?」
「いいでござるよ。拙者もまだしばらく仕事が続くゆえ、退の相手をしてられぬからな」
「ありがとう。急ぎだから、もう行くね」
「ああ、気を付けるでござるよ」

俺は許可が出たので部屋を出て行く。
連絡するより直接行ったほうが早いと思ったからだ。
俺は階段を下りながら首に巻かれているリボンを外す。
このリボンは万斉が初めて俺にプレゼントしてくれたもので、俺はこのリボンが万斉のモノであることを示していると思っている。
そんな大事なリボンを外すことで気分を“退”から“R‐3210”に変えているのだ。


近藤さんたちのいる営業部を覗くと、十四郎さんがソファに座っていた。
顔が火照っていて辛そうに見えた。

「十四郎さん、大丈夫ですか?」
「あ、退?お前が俺の代理になるのか?」

俺が頷くと“そっか”と小さな声で言って十四郎さんは深く息を吐く。

「俺のご主人様は銀時さんって言うんだ。すごく優しくて素適な人だから安心して行って」

そう言って十四郎さんは眼を閉じてしまった。
俺はなんとなく前に熱を出したときより元気がない気がした。
いつもだったらもっと強気で、熱があるとは感じさせないくらいなのに。

「・・・何か気になることでもあるんですか?」
「っ!!」

俺の一言に十四郎さんは息を飲んだ。
十四郎さんは明らかに動揺していて、身体の不調に心まで弱まってしまったみたいだった。
シャツの袖で顔を隠すと、十四郎さんはもごもごと喋りだした。

「飼われて早々熱出すなんて、嫌われちゃったかなって思って」

普通の人だったら聞こえないぐらいの声だった
けど、耳が良い俺はなんとか聞くことができた。

「そんなことないですよ!!ご主人様は心配してくれなかったんですか?」
「してくれたけど・・・あのさ、退はご主人様と初めてエッチしたの、いつ?」
「はい?」

唐突な質問に俺は固まる。
どうしてそんな話になるのかよく分からなかったけど、何か十四郎さんの思うところがあるのかもしれないから一応答えてみる。

「えっと・・・飼われて3日目だったと・・・思いますけど」
俺の答えを聞くや否や大きくため息をついてもっと顔を隠した。
何か俺間違ったこと言っちゃった・・・?

「俺さ・・・まだ、してないんだ・・・」
「え、いや、あの俺のところが早かったんだと思いますよ!!」

さらに暗くなっていく十四郎さんに必死にフォローしていく。

「それにキスはしたんですよね?」
「・・・1回だけ。その時俺が下手だったんだよ、きっと」
「そんなことはないですよ!!」
「だってそれきり何もないし・・・頭撫でるくらいしかされてない」

ネガティブに陥る十四郎さんを励ましているところに近藤さんがやってきた。

「十四郎、医療部に行くぞ・・・っと退ここに
居たのか、それで行ってくれるのか?」
「はい、行きます!・・・十四郎さん、俺がご主人様の気持ちを確認してきます」

十四郎さんはコクと頷くと近藤さんに連れられていった。
1人残された俺は深呼吸して気持ちを落ち着かせる。

「よし、絶対両思いにさせてやる!!」


ドアを開けた銀時様は見た目から優しそうな人だった。
銀時様の第一印象はふわふわの銀髪が触ったら気持ちよさそうだなってことだった。
俺に話しかけてくれる様子から悪い人ではないし、机の上に置いてあったアンケート用紙の答えをみても十四郎さんの言った通りの人だってことはすぐに分かった。
こんなに良い人がご主人様になってくれることは珍しいから、俺はどうにか十四郎さんの気持ちを銀時様に伝えて、銀時様にも十四郎さんのことを好きになってもらいたくなった。
言葉じゃ分かってくれそうになかったから行動で分かってもらおうとしたんだけど、あれはちょっとやりすぎだったのかなぁ。
でも万斉以外とするのは今まで嫌だったけど、銀時様とだったら大丈夫な気がした。
十四郎さんのご主人様だから本気でする気はなかったけど。
まぁ銀時様が十四郎さんのこと好きって自覚してくれたから、結果オーライだよね。
とにかく無事に代理愛玩人形の仕事を終えることができて良かった。
帰り際十四郎さんとすれ違ったときに口パクで“自信持って大丈夫ですよ”って言ったんだけど、ちゃんと伝わったかな?


両思いになった銀時様たちを見て早く万斉に会いたくなった俺はそのまま自宅まで送って貰うことにした。
さすがに万斉の仕事も終わっていることだろう。
俺もしばらく予定が入っていないから久しぶりに一緒に居られる。
そう思うと自然に足が速まり、あっという間に玄関にたどり着いた。
嬉々してノブに手をかけて回すが、ドアが開かない。
嫌な予感がしつつ、持っていた合鍵で開けて中に入る。

「ただいま」

返事はない。
リビングに入ると机の上にメモが置いてあった。


“退へ
お勤めご苦労さまでござる
拙者は急に仕事が入ってしまったがゆえ今日中には帰れない すまぬ 万斉”


「うそ」

会えると思っていた分、俺の落胆は大きかった。
肩の力が抜けるとどっと今までの疲れが俺にのしかかる。

「・・・寝よ」

この部屋に1人きりだという状況が俺はすごく嫌だった。
早く寝て明日になって万斉に会いたかった。
だけどベッドに入ってもなかなか寝付けなかった。
万斉の匂いがいたるところでして、目を閉じれば顔が浮かんできてしまう。
意味のないことだと分かってはいるけれど枕を抱き締めて寂しさを紛らわせようとする。

(万斉・・・万斉ぃ・・・)

涙が勝手にあふれ出てくる。
万斉早く帰ってきてよ、そして俺のこと好きって言って抱き締めて。
俺は布団の中で身体を丸めて万斉の帰りをひたすら待った。


ようやくうとうとし始めたころ万斉の足音が聞こえてきた。
俺はバッと布団から出て玄関へ行きお出迎えを
する。

「お帰りなさい、万斉」
「ただいま。こんな遅くまで起きて待っていてくれたのでござるか?」

時計を見ると午前2時だった。
いつもだったら俺はすでに寝ている時間だった。
遅く帰ってくるときは出迎えることがあまりないから万斉は少し驚いていたようだ。

「いや、寝かけてたんだけど。でも万斉帰ってこられないんじゃなかったの?」
「ちゃんとメモに“今日”は帰れないと書いたはずであるが」

つまり12時前には帰ってこられないってことだったのね。
もう少し分かりやすく書いておいてよ。
でも万斉に会えたから俺はそれでもう嬉しかった。
自然と顔がにやけるのが止められない。

「どうして退はそんなに嬉しそうな顔をしているのでござるか?」
「それは・・・万斉がいるからだよ!!」

テンションが上がった俺は万斉に飛びついた。
背の高い万斉に抱きついても俺の頭は胸の位置にある。
腕を引っ張ってかがんでもらうと俺は自分からキスをする。
万斉はそんな俺に応えてくれた。
キス自体が久しぶりだったからとても気持ちよかった。
唇を離すのがすごく名残惜しい。

「拙者は疲れて眠いのであるが一緒に寝てくれるでござるか?」

その問いの答えはすでにもう決まっている。
俺たちは共にベッドルームに向かった。
隣で寝ると万斉のぬくもりがとても心地よく、さっきまでが嘘みたいにすっと眠りにつくことができた。


次の日の朝、目を覚ますとすぐそこには愛しい人がいた。
疲れているのか一向に目を覚ます気配はなかった。
うっすらと隈ができている目にいつもかけている色の濃いサングラスはない。
こんなに整った素顔をじっと眺めていられるのはこの世界で俺だけなんだろう。
俺はこれから万斉と一緒にいられることに胸を高鳴らせたのであった。

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