小説(銀魂・原作)

□TRICK OR TREAT?
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朝晩が冷え始め、秋が日毎に深まっていくのが分かった。
だけど俺の仕事に季節は関係ない。
犯罪件数が増えたり、減ったりするという点では関係があるのかもしれないが。

「大串くーん」

そこに能天気な天パバカがやってきた。

「あ、今、銀さんの悪口言ったでしょ」
「言ってねぇ、思っただけだ」
「ってマジで思ってたの!?ひどっ」

話のきっかけにでもと思ってさっきの言葉を言ってみたらしい。
大げさに悲しんで、俺に抱きついてきた。

「わぁ、十四郎あったかい」

俺がずっと部屋の中にいたためと銀時が寒い外からやってきたことが相まってあったかく感じるのかもしれない。

「お前なぁ、仕事の邪魔するんだったら帰れ」

後ろからぎゅうぎゅうと抱きつかれているために俺は身体を動かすことができなかった。

「じゃあ邪魔しないならここに居ていいの?」

俺の言葉尻を捕らえた銀時は甘えるような声音で尋ねてくる。
本当は拒否したかったけど、銀時の幸せそうな顔を見ていたらもうどうでもよくなってしまった。
背中に銀時のぬくもりを感じるのも気持ちよかったし。

「だったら本当に邪魔すんなよ」

命令口調で言うことで仕方なく許したという体を作り出す。
そんなことを気にもしない銀時はさらに身体を密着させてきた。
よほど嬉しいのだろうか、俺の背中に顔をすりと擦りつけてきた。
その猫のような仕草はとても愛らしい。
俺は早く仕事を終わらせてやろうと書類に向き直った。
始めは俺の手元を見ていた銀時だがそのうち飽きてきたようで、俺にくっついたまま辺りをキョロキョロ見回していた。
俺から離れれば他にも暇つぶしできそうなのに、決して離れることはなかった。
しばらくは銀時のことを気にせず仕事に集中していた俺だが、伸びをしようとしたところでさらに動けない状況になっていることに気付いた。
銀時が俺に寄りかかりながら眠っていたのだ。
起こして畳で寝ろと言おうとしたが、銀時の寝顔を見て俺は諦めることにした。

(俺の背中でそんなに落ち着くんならしばらく貸してやるよ)

銀時は俺が今まで見たことがないほどしまりのない顔をしていた。
そんな顔に癒されてしまった俺はずいぶん銀時に惚れてしまったんだなと自覚した。


「んん・・・ふぁ〜」
「起きたか?」

大きな欠伸をする音が聞こえて後ろを振り返ると、銀時は目をごしごしと擦っていた。
それでもまだ眠いらしく、目がしょぼしょぼしていて、いつもよりとろんとしていた。

「うん、俺どのくらい寝てた?」

少し寝ぼけている銀時は俺に体重をかけながらそう問いかける。
それはわざとしているのでなく、起きたてで身体に力が入らないからだろう。
先ほどまでの抱きつき方と違う感触を俺は楽しんだ。

「30分くらいだな、多分」
「そっか・・・って、あれ?お仕事終わったの?」
「少し前にな」

実際のところは銀時が寝て10分くらい後には終わっていたのだが。
起こして銀時の相手をしてやろうかとも思ったが、なんとなく起こせなかった。
ぐっすり眠っているところを起こされるのは誰だって気持ちのいいものではないし。

「もしかしてずっと抱きついてた?」
「そりゃもう、がっちりと」
「ごめんね。起こさないために抱きつかれたままでいてくれたんでしょ?」

認めるのは癪だったから、そっぽを向いて俺はタバコを口に咥えた。

「照れちゃってかわいい・・・火付いてないよ」

チョンと口元に指が触れて指摘される。
慌てて俺は懐からライターを出して、火を付けた。

「そう言えば、お前は何の用があってここに来たんだよ?」

これ以上墓穴を掘らないように、さっきから気になっていた疑問を口にする。
俺の仕事が終わるまで待っていてくれたのだから、急ぎの用ではないのだろう。
いつものように暇つぶしとして俺のところにやってきたのだろうか?
ただ会いに来ただけ、ではさすがにないよな。

「あ、そうだ。忘れてた。Trick or treat?」
「は?」

いきなり英語で言われて戸惑った。
英語には疎く、何を言われたのかまったく分からなかった。
ただ言葉尻を上げているために、何か尋ねられていることだけは分かった。
顔にクエスチョン・マークを浮かべている俺を気にせず、銀時は手を差し出してきた。
その行為にますます訳が分からなくなる。

(何かを渡さなくちゃいけないのか・・・?)
「あれ、知らないの?ハロウィーンだよ、ハロウィーン」
「ハロ、ウィーン?」

首を傾げる俺に銀時は説明してくれた。
ハロウィーンは異星の習慣で、仮装した子供たちが近所にお菓子をねだりに行くものらしい。
家を尋ねた時の決まり文句がさっきのセリフだということだ。
日本語で言えば、お菓子をくれなきゃ悪戯するぞ、ということになる。

「つまりお前に菓子をやらないと、俺はお前に
悪戯されると」
「そういうことになるね。で、Trick or treat?」
「じゃ、これ」

俺は机の引き出しからチョコレートを出して銀時の手のひらにのせた。
俺から菓子がもらえるとは思ってもみなかったようで、銀時はきょとんとしていた。

「えぇ?!何でお前、お菓子持ってんだよ?この場合普通、お菓子持ってなくて、銀さんにいろいろ悪戯されちゃう場面でしょうが!!」
「知るか、んなこと。疲れた時は甘いもんが効くっつうから、山崎が買っておいてくれたんだよ」

糖分が脳の働きを良くするんですよ、と無理やり俺にチョコを押し付けていったことを思い出す。

「これで問題はねぇだろ?んで、Trick or treat?」

今度は逆に俺が銀時に手を差し出した。
差し出された銀時はきょとんとした顔をしていた。
それはさきほど俺がしていた表情と同じだと推測する。

「えっ、何?」
「何って、お前がハロウィーンとか言い出したんじゃねぇか。俺にも菓子がもらえる権利があるはずだろう?」

そう言うと銀時は俺の予想通り、懐やポケットの中を探り始めた。
やはり俺に言うことばかり考えて、言われたときのことを考えていなかったらしい。

「今土方君からもらったチョコを返却していい?」
「俺からの贈り物は受け取れねぇってか?」
「そんなことないから!銀さん土方君なら年中無休で何でももらうよ」
「ならダメだろ。それじゃあ悪戯していいんだよな」

いつもより3割増の笑顔を銀時に向ける。
そこいらの攘夷志士ならすぐに逃げ出すほどの顔だ。
本気で顔を引きつらせた銀時を見ると、俺の中の嗜虐心に火が付いた気がした。

(なんか俺を苛めたいって銀時が言ってた気持ちが理解できたかも)
「そうだな、俺の飯に付き合ってもらおうか?」
「マジ?それって俺におごれってこと?」
「いや、土方スペシャルを一緒に食おうってことだ」
「えぇー!?」

銀時の叫び声が屯所中に響いた。


テーブルの上には土方スペシャルが2つ、パフェが1つある。
しかし銀時の前に置かれているものは土方のものと比べると小ぶりだった。

「うぇ〜、これ本当に食べなくちゃダメ?」
「それが俺の悪戯ってことになるからな。いただきます」

ちょうど夕飯前で食堂は混んでいなかった。
銀時と二人でいるところを見られたくなかったので、奥の壁際に座れたのはラッキーだった。
俺が黙々と食べ進めている間、銀時はまだ一口も食べていなかった。
しかめっ面のまま、黄色い塊と化した丼を見つめていた。
しかしどんなに見つめようと中身が変化することなどありえない。
見かねた俺は譲歩案を出すことにした。

「はぁ、それ一口食べたら許してやる」
「・・・いいの?」
「そうでもしなきゃお前一生食わねぇだろ。そしたらパフェも食っていいから」
「優しいなぁ、うちの土方君は」

途端に銀時に笑顔が戻ったが、スプーンでマヨを掬うとやはり動きが止まった。
しかし覚悟を決めたように目を瞑ると、パクッと口の中に放り込んだ。

「うぇ、まずっ」
入れてすぐ飲み込んだようだが、口内に広がるマヨネーズの酸味が気になるようで、水を一気のみして口直しをしていた。
マヨネーズは森羅万象、何にでも合うように作られているのに、そんな顔して食べられるとなんかムカついた。
一方、パフェにありつけた銀時はこれ以上ないってほど嬉しそうだった。

「でもさ、何で俺にマヨ丼食べさせたわけ?やっぱり悪戯とは思えないんだけど」

銀時のもっともな疑問に俺は食べるのを止めた。

「別にお前にしたい悪戯とかなかったからさ」

ここまでは建前だ。

「だから一緒に飯ぐらい食べれたらって思ったんだよ」

本当は言うつもりなどなかったのに。
最近一緒にいる時間がなくて寂しかった、なんて女々しすぎる。

「・・・さみしかったんだ」

テーブルの上に置かれたままの手に銀時の手が重ねられた。
銀時の気持ちなど見当もつかない俺なのに、あいつはどんな時でも俺の気持ちをぴたりと言い当てる。

「呼んでくれればいつでも来てあげるのに」

俺の手に触れた指がつうと伝っていく。
そのまま上に上がって、行き着いた先は俺の頬。
そっと優しく包みこまれ、銀時の体温が俺に伝わる。
少し冷たいそれは頬が上気していることに気付いたことだろう。

「それに土方君ならいつでもウェルカムだし。隊士たちに見られたくない気分のときは万事屋においでよ」

銀時は俺がいつも無理していることなんてとっくの昔に知っているのだろう。
でもそれを指摘すれば、余計に無理するのも知っている。
だから強制はしない。
選択肢を与えて、俺が選ぶのをひたすら待っている。

「絶対ぇ、行かねぇかんな」

だから俺は本心を見通されるのを見越して思っていることと逆のことを言う。
自分でも笑えるくらい、本当に天邪鬼だな。
それでも銀時が笑ってくれるから、このままの俺でいられるんだと思う。


Trick or treat?
そう聞かれたとき、別にチョコを渡さなくても良かった。
銀時の質問が本当はTreat or treat?だということが分かっていたから。

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