夢の世界へいざ行かん!

□番外編 守るべきものは
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―あ、見て!今の一年の浅羽よ!
―浅羽くんたちと少し仲良くしてるからっていい気になって!
―生意気よね、同じ名字ってだけで!
―ほんと!何様のつもりかしら!
―ああいうのに限って性格悪いのよ!
―聞いた!?アイツいやらしい手口使って浅羽くんたちに迫ってるらしいわよ!
―マジで!?信じらんない!
―気色悪〜!
―あーやだやだ!廊下の真ん中歩かないで欲しいわよね!













やたら絡んでくる転校生が来て数日。
その噂はあっという間に広がった。

移動教室で(仕方なく)一緒に歩いている時も、耳にするのは噂ばかり。
それもあることないことでっち上げたデタラメ。
だって同じ浅羽って言っても兄弟妹(きょうだい)だもの。
仲がいいのは当たり前だし、迫るなんて馬鹿げている。

そんな噂話にイライラして、隣を歩く噂の種を見上げる。

「ん、なぁに?佐藤さん。」
「…何でもないわよ!」

…なんで、何も言わないのよ。

噂は聞こえている筈なのに。












「え…、あいつが?」
「佐藤さん、仲良くしてたみたいだから一応言ったほうがいいかと思って…。」

お手洗いから戻るとクラスの子がおずおずと話しかけてきた。

―浅羽さんが、二年生に連れて行かれた。

それを聞いて思わず教室を飛び出した。

なんで、なんで何も言わないのよ!
言えば丸く収まるじゃない!

長い廊下を走りながら、いつも平気な顔をしていたあいつが頭に浮かぶ。

「あれ、茉咲ちゃん?」
「っ、しゅ、春ちゃん!」

慌てて足を止めたけど、またすぐに動かした。

「春ちゃん!あいつが二年生に呼び出されたの!私、行かなきゃ!」
「え?あいつ?…て、ちょっと茉咲ちゃん!?」

春ちゃんの呼び止める声が、やけに遠くに聞こえた。












「っはぁ…!」

人気のなさそうな場所を考えて走ると、裏庭に出た。

「アンタ目障りなのよ!」
「一年の癖になに浅羽くんたちと仲良くしてんのよ!」

女の人の罵声が聞こえてきて校舎の陰からそっと覗くと、十人程の先輩に囲まれたあいつがいた。

「ちょっとアンタ!何とか言ったらどうなのよ!」
「んー…。何とか言ったらなにか変わるんですか?センパイ。」

「ばかっ、そんなこと言ったら…!」

目に見えて分かる温度差に飛び出そうとしたら、


パシン―ッ!


乾いた音が空気を揺らした。

振り切られた二年生の右手と、その手に伴って下に向けられたあいつの顔。

「…先に手ぇ出したの、センパイですからね?」

上げられた顔は相変わらず無表情で、冷えた空気に思わず一歩後ずさる。

「あーあ、殴っちゃったよ。」
「茉咲は危ないからここにいなね。」
「え…、」

そんな私の横を、逆に歩を進める影が二つ、通り過ぎた。

悠「はいはい、そのへんにしておきましょうか。」
祐「お楽しみ中スミマセンね。」

「「あっ浅羽くん!?」」

あいつの双子の兄だった。

「…あれ。悠太兄ぃに祐希、なにしてんの?」
悠「なにしてんの?じゃないよ…。春に呼ばれて来てみれば。」
祐「茉咲が慌てた様子で走って行ったってさ。」
「春ちゃんに佐藤さん?」

三人が話している横で、すっかり牙の抜けた先輩たちがコソコソ話している。
どうせまた悪口だろうけど。

「…ちょーっとセンパイ方?」
「な、なによ?」

それが聞こえたのか双子と話していたあいつが先輩に話し掛ける。
また一気に空気が冷たくなった。

「私って結構地獄耳なんですよねー。だから聞きたくなくても聞こえちゃうんですよ、人の悪口とか。…茉咲のこととか。」
「そ、そんなの私たちには関係ないじゃない!」
「そうですね、関係なければ別にいいんですけど聞こえちゃったから念の為。…茉咲に手ぇ出したら、絶対許しませんから。」

空気がピリピリする。

悠「なにしてたか知らないけど用が済んだなら早く行った方がいいよ?」
祐「…この子怒ると怖いから。」
悠「それに…、あんまり妹に手出されんのもいい気しないしね。」

冷たく言い放った双子に、先輩たちは驚いた後逃げるように去って行った。












悠「あーあー、口から血ぃ出てる。」
祐「ダメだよ殴られる時は歯ぁ食いしばんないと。」
春「そういう問題じゃないでしょう!」

双子があいつを覗き込む。
後から駆けつけた春ちゃんも心配そうにハンカチを出した。

「大丈夫だよ、少し切っただけ。」

やんわり押し返されたハンカチに、春ちゃんは困った顔を見せる。

春「でも…、」
「ほんと大丈夫だから。」
茉「あー!もうっ!」

焦れったくなって自分のハンカチを無理矢理口元に押し付けた。

「ちょ、佐藤さ…!?」
茉「いーからじっとしてなさい!」
「はい…。」

大人しくなったのを見計らってそっと血を拭っていく。

「あ、あの、佐藤さん?」
「…なによ。」
「えーと、あの…。ありがとう。助けてくれて。」
「助けたのはあんたのお兄さんでしょ。…私には何も言わずにいなくなった癖に。」
「え、だってあれは私への呼び出しだったし…。」
「それでも!普通言ってくのよ!心配するじゃない!」
「心、配…してくれたの?」
「ぁっ……、い、一応、ね!急に騒がしいのがいなくなったらペースが乱れるでしょ!」

墓穴掘ってしまった…。
恥ずかしくなって顔を背けた。

「…ねぇ、佐藤さん。」
「…なによ。」
「あの…、茉咲、って呼んでいい?」

視線を戻すと、伺うように私を見る目にぶつかる。
…今更、なに言ってんの。

「ぷっ、」
「…え、」

きょとんとするのを見て言ってやった。

「さっき、思いっきり呼んでたじゃない。」
「あれ、そうだっけ…。」

おかしいな、と頭を掻く姿はとても誰かさんが言う“超絶美女”なんかじゃなくて。

「仕方ないわね、好きに呼んでもいいわよ…心結。」
「!!」

こっちも仕方ないから、名前で呼んであげる。

「き、き、聞きました!?ねぇ!悠太兄ぃ!祐希!いまっ、今、佐藤さ、じゃない、茉咲ちゃんが!心結って、心結って呼んでくれた!」

はいはい、とか、良かったじゃん、とか返す双子になかなか興奮の醒めない心結。

「う、嬉しい!嬉しいです!」
茉「そう思うならもっと表情に出しなさいよ。」
「え、出てません?今物凄く笑顔なんですけど。」
茉「全く。」
「えぇ〜。」

仕方がないからこの騒がしい子に、もう少し、付き合ってあげようと思った。







END.

(守るべきものは、プライドなんかじゃない。)

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