そして、朝

□大ちゃん奮闘記
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 榎本明日香。

 俺のご近所サンで、いわゆる幼なじみ。

 いつも長い髪を2つ括りに結っているから、いつの間にか亮太サンに“ウサギちゃん”と認識されているらしい。



 まぁ、確かにウサギみたいだけどな。

 こっち向かってぴょんぴょん駆け寄ってくるところなんかウサギ以上に可愛いし――とは口に出すまい。



「大樹の2つ下の子だっけ。幼なじみなんだろ〜? いまだに名前で呼びあってる仲なんだろ〜? 何でとっとと告ってモノにしちゃわないもんかな〜」

「ぶっはは!! モ、モノって亮太サン、何てことを……ッ!!」

「純情ぶるな男子高校生。どうせアレだろ? お前だって兄貴面してる反面、頭の中では好き勝手いろんなシチュエーションで楽しんでんだろ?」

「う、そ……そんなことはッ、」

「だ・ろ?」



 ぎゃふん。

 返答する代わりに頬が熱を帯び、終いにはボンッと大きな湯気を出した俺に、亮太サンはこれまた大きな溜め息を吐いて下さる。

 もう慣れたけどね、こういう反応も!!



「あーあ。何で踏み止まってるかなぁ〜告白して玉砕するのが恐いのかー?」

「そりゃあ……それに、」

「なによ」

「なんつーか……癖、なんですよね」



「は? 癖? どんな」と首を傾げる亮太サンを視界の端に見留めつつ、俺は自分のコーラに口を付けた。



 亮太さんの言う、“兄貴面”。

 長年近くで育ってきた弊害なのか――明日香の前になると、それが異様に顕著になってしまう。

 それが、現在に至るまで幾度となくあと一歩を踏み止まらせていた、俺のある種の“癖”な訳で。



 そうでなくとも明日香はガキの頃からの知り合いで。

 ついでに言えば母さん達が専学の同級生で家族ぐるみの仲なんだ。

 そんな団欒の中に素面のまま一石を投じるなんて向こう見ずなことが出来るほど、俺の心は頑丈に出来ちゃいない。



 いや、そりゃー俺だって、いつアイツに彼氏が出来るかも――って心配だし不安ですよ?

 明日香の奴、高校は完全に俺と方向逆の高校を選んじまうし、中学でもかなり男共に言い寄られてたし。



 それでもやっぱり、想いを伝えるより何より、

 俺が大切にしたいモノは――……



「ほほー。そりゃまた大層な言い訳だこと」

「だあぁぁ!! いいんスよ、どうせ俺はヘタレですよ! それに今は受験勉強で手一杯で――……」

「ほんじゃ、」



 俺が――その曖昧な関係、

 壊滅させてやろうかな?



 耳を掠めた、不吉な言葉。

「は、」と間抜けな声を上げた手前、受け身の体勢にはいるのが若干遅すぎた。



 今振り返れば何て艶っぽい声を出してくれちゃってんのというくらいに、甘い甘い声色。

 しかしながらそんな突っ込みを入れる間も待たずに何とか認識出来たのは、一瞬だけ視界に映り込んだ亮太サンの真っ直ぐな黒い瞳と――……



「…………へ?」

「ほらな? こういうのは頭でどうこう考える事じゃねーんだって」

「…………ん?」

「明日香ウサギへの片想いにも、せいぜいこのくらいの行動を添えてほしいもんだよな」



 唇のすぐ横っちょを掠めた、

 生まれて初めての――柔らかい、感触。



「流石に初めてを頂いちゃ悪いからな。口角あたりで勘弁してやった」

「…………こ。」

「ちったぁ発火材になったか?“大ちゃん”?」

「…………ッッ、んな!!」



 ――何してくれとんじゃぁぁぁ!!!



 周囲からの(何故か)最高潮に色めき立った視線。

 イタズラ成功といわんばかりの笑みを浮かべる我が先輩。

 そして唐突に直下することとなったファーストキスの衝撃に。



 そんな心の叫びは、ヒラヒラと手を振ってアメリカに戻っていく憎々しい背中にぶつけることも叶わないまま、

 俺は1人――何とも言えない虚無感に打ちひしがれることとなったのだ。



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