剣風帖

□甘く耳元で囁いて
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「……売ろうかな、あのオーディオセット」


 日曜日の午後、二人掛けのソファーでまったりしていた所で、龍麻が唐突にそんなことを言い出した。

 必要以上の家具を置いておらず、テレビすらないこの部屋には、はっきり言ってあまり生活感がない。
 その中で唯一装飾性を持った立派なオーディオ機器を処分すると言う龍麻の考えがわからず、京一は首を傾げた。

 初めてこの部屋に来たとき、何故こんなにもあっさりし過ぎるほど何もないのかと聞けば、龍麻はシンプルが好きだからだと答えた。テレビを置かない理由は、必要性を感じないから。それなのにオーディオは置いている理由は、ときどき寂しくなるからだ――と。


「いきなりどうしたんだよ、ひーちゃん。もったいなくねェのか?」

 龍麻は隣の京一をチラリと見遣ると、膝を抱えた格好で少し俯き、ポツリと呟いた。

「だって、京一がいるし」


――それはつまり、もう寂しくないから必要性がなくなった、という意味だと取って良いのだろうか。


「……重いよ」

 考えるより先に、京一は思いきり龍麻に抱きついていた。
 
「あ、悪ィ…。嬉しさのあまり…」

 喜びを隠すことなく満面の笑みを向け、京一は自分の胸に龍麻を引き寄せて再びその体を抱きしめる。
 龍麻は今さらながら赤くなり、力強い腕と優しい温もりに身を預けた。


 テレビなんてなくても、京一といるだけで楽しい。

 寂しいなんて感じなくなるほどに、京一の存在は温かくて。

 京一がいれば他には何も要らないと、本気で思えてしまうのだ。



「……。あのよ、やっぱ置いとかねェか?」

 龍麻の髪を撫でながら、ふと京一が言う。
 少し体をずらして見上げれば、目が合った京一は、子供のように無邪気に微笑んだ。

「おまえの好きな曲、もっと一緒に聴きてェしな」
「…京一…」

 思い返すと、コンロしかなかったキッチンに電子レンジとトースターが増えたのは、京一がここで食事をすることが多くなってからだった。
 簡単な手料理を振る舞えば、これが最後の晩餐かと言うほどに、涙を流さんばかりの勢いで美味い美味いと平らげてくれるので、いつの間にか調理器具や調味料だけはプロ並に揃えてしまったのだ。

 いつも京一の言葉が、存在が、龍麻の日常を温かく変えていく。

 
「――…じゃあ売らない」


 おまえと一緒に観るなら、テレビを買うのも悪くないかもしれない。

 そんなことを思いながら、龍麻はゆっくりと目を閉じた。


 こめかみに唇が触れ、吐息が耳朶をくすぐる。


「好きだぜ、ひーちゃん」


……ああ、もう。

この言葉に一番弱いというのに。


 何だか悔しくて、そのまま寝たフリを決め込むと、龍麻の耳が赤いことに気付いた京一が声を上げる。

「…――おいコラ、黙んなよッ!俺の方が照れるだろが!」


 こんな時間が、楽しくて幸せで仕方ない。

 おまえは一体、どれだけ俺を夢中にさせれば気が済むのだろう。



End


お題配布元:Seventh Heaven

 

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