大江戸監察事件簿

□大江戸監察事件簿71
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遺品はすべて処分された。
あの、思い出したくもない夜から一週間が空けようとしていた。

天気は晴天。

次の季節を匂わせるような温かな陽気が江戸を包んでいた。

そんな日のこと、真選組屯所は客間ではなくかの者の自室だった場所で客人を迎え入れていた。


がらんとした室内には局長である近藤と副長の土方が並び、その向かいに見るからに屈強な忍装束の男が正座をして対面している。


近藤は勢いよく頭を下げた。畳に額をこすりつけるように。
土方もそれに倣う。


「誠に、申し訳ございませぬ…ッ!此度のこと、何とお詫び申し上げれば良いか見当すらつきませぬ!!!」


今日の日差しのような柔らかな声が二人に降り注いだ。


「顔をあげてください局長殿、副長殿」


それでも二人は顔を上げることが出来なかった。


「あなた方も蒼還しを見たのならご理解いただいたでしょう。これがあの子の宿命だったのです」

「我々蒼の民は、自分の死に際を知る術をもっています。あの子も知っていました。その上であの子自身が選んだ道なのです。あなた方に止められるわけもなかった」


ほら、あの子は変な所で頑固ですから。
笑う男に、驚いたように近藤と土方の顔が上がった。


「あの子は幸せ者ですね。この部屋も、まるであの子の気配がしない」

「遺品の処理はどなたが?」


近藤は障子へと視線を向けた。きっとそこに控えているはずの男の名を呼ぶ。

障子が音もなく開き、この部屋のもう一人の主である男が頭を垂れて正座をしていた。


「監察の山崎です。俺が、遺品を全て処理いたしました」
「山崎さん。幾度か、里に来てくれましたね」
「はい」


忍装束の男はもう一度部屋の中を見渡す。


「よく、処理ができています。あの子の行動パターンをよく理解していないとここまで消すことはできない。随分あの子がお世話になったようですね」
「いえ、俺が、俺が助けられていたんです」


山崎は頭を垂れた自分の瞳から、涙が畳に沁みていくのを見ていた。


「山崎さん。さっきの室内への入り方、あの子にそっくりでしたよ」

「え?」


思わず顔を上げてしまった。
にっこりと、柔らかな瞳が自分を見ている。


「随分と、あなたとあの子は共に過ごしたようですね。あなたの歩き方、気配の消し方、変な癖まであの子にそっくりだ」


さらに目に涙がたまってしまう。


「掟により、あの子の物はすべて消さなければなりません。ですが」

「山崎さん。あなた自身が、あの子の生きた証なのですね」


唇が震える。


「…はい……」


こぼれる涙とともに、もう一度頭を垂れた。









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